南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

八事山興正寺

家族の新年会をかに本家で食事したあと、たまの機会ということで一緒にお参り。個人的にも中京大や南山大などで縁のあるエリアだが、興正寺をマジに参拝したことはない気がする。母同様、もっと起伏のある境内だとイメージで思い込んでいたが、意外と平らな敷地なんだね。

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しかも飯田街道に面した参道がこんなに開けているとは驚き。

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地元名古屋も案外知らんもんやなぁ。

ない...

昨年春に祖母が大往生して、年明けの先日、実家の庭を隔てて建っていた祖父母の住まい家(と物置)を取り壊した。今夜帰省して更地となった跡地を目の当たりにし、予告あったとはいうものの何とも言い様のない寂しさ、虚無感を覚えた。人、家族が亡くなるのと全く同等の喪失感がある。親戚一同の法事や食事会だけでなく、生まれて30余年ずっと身近にあり往来してきた生活空間の一部が、跡形もなく消されてしまった。外観は存分に撮ったし家財のなくなった屋内も名残惜しませてもらったけれど、それ以上に言葉や形では表しきれないくらいの思い出が心の中にぎっしり詰まっている。ちょっと心苦しいライフイベントとしてここに記しておく。

独り新年会

の名目でヒトカラオールナイトしてきた。ルーム予約で機種をお任せにしといたら、有り難くLIVE DAMにしていただけた。今回は昨年やれたChina SPにはこだわらないのでどちらかといえばDAM狙い。ところがお気に入りの凤凰传奇では天籁传奇と天蓝蓝がいつの間にかエントリーしていて、DAMもなかなかやる。前述のとおり中国曲はほどほどにしといて、洋楽と邦楽で遊ぶ。サンダーバードで3回絶叫して超満足。親とかに気兼ねなく夜遊び・朝帰り・日中睡眠ができるのも、一人暮らしの旨み。また、耳鼻系の不具合が顕著になって初めてのカラオケということで影響を気にしたけど、最初は鼻の通りが悪く感じられたがいつしか気にならなくなった。不具合には精神的な要因もあるだろうから、今回思いきり発散して少しでも改善したらいい。

5時閉店と同時に退店してから如何に早く帰宅して寝るか、が最大の難点で、最も早い始発の公共交通を見いださないといけない。市バス、地下鉄、名鉄、JRと精査して発見したのが、勝川駅発の名古屋空港経由名駅行きバス。これを使うと、市バスの始発時刻には既にアパートに帰り着いてるくらい早い。さすがに叫び疲れてエアポートバスにてたった5分の乗車時間を眠りこけてしまい、乗車時に降車場所を申告して運賃支払うとはいえたまたま味美停留所に乗客がいたから停車しただけで降車ボタンを押してなかったのを運転手に注意された。サービス業的には乗車時に伝えてんだから停まってくれて当然だし、客を注意するなんて横柄だ、あおい交通は一度引退したような運転手が多いからちょっと接客態度の悪い印象がある。

もはや災後ではない

阪神・淡路大震災から四半世紀。

あれは俺が風邪か喘息で学校を休んだ月曜日(と思い込んでいたが火曜日。休日明けだったのは確かだから月曜だと)だったね。被災状況を伝えるテレビ中継を見ながら、朝飯後に飲まなきゃいけない薬を飲みたくなくて、「テレビに釘付け」に託つけて時間のばしてたね。同級生は普通に登校してたろうけど、自分だけ非日常の家にいてテレビの向こうのとんでもない異常をただただ呆然と眺めていた記憶がある。地震発生時はゆっくりとした揺れが寝ている背中に伝わり、大きな地震を確信して家族4人恐れ慄いたのを、薄暗い和室の様子とともにわりと鮮明に思い出せる。母方の親戚には阪神在住が多く、安否確認が忙しかった。とくに被害の大きかったとされる神戸市長田区でも山の手?だったので、火災などには巻き込まれず。テレビが落ちたとか屋内は酷かったらしいが。

ちょっとだけ思い出してみた。

ちなみに誤解のないように付け加えておくが、タイトルは戦後の焼け野原からの復興になぞらえたもので、必ずしも震災の記憶を風化させることを意図してはいない。