南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

ふるさと“上-京”の旅(1):浅草・平井

夕暮れ時の雷門

プロローグ―前夜のこと

長年思い焦がれながら、やっとやっと実現した群馬探訪の旅。普段避けてなかなかできない東京見物を前後に据えて、丸2日というベストな日程を組むことに成功したのも、実はこの前夜のおかげなのです。
これは2日目に書こうかなぁ、でもやはり旅記録は臨場感が大切だから、必要以上に過去を語るのは面倒だし、ということで前夜のことはこっちに記しておこうと思う。これも4日間の旅の思い出のひとつなのだから、時間を合わせたほうがいい。
天候を見極めながら日程を定めた南蛇井は、29日夜8時ごろ、31日宿泊予定の割烹旅館である下仁田館へ電話をした。出発の直前の直前、逃げ場のないタイミングであった。ところが女将さん、31日は満室だというのである。片田舎の宿屋だと思って見くびっていた。前日に予約しても十分間に合うと思ったのだ。この満室の理由は、実際に行ってみて分かるのだがこれは後に語ることにして。とにかく一旦真っ青になったので、ちょっと考えます、と電話を切った。脳中をひっくり返して、思いつく限りの日程変更を考えた。今すぐ出発して「ながら」で東京に出れば、30日泊に変更できる。即座にこれを伝えると、今度は30日は休館日だという。まったく参ったが、4月1日日曜は空いてるのか、と聞くと、これはOKだという。様々なファクターを計算しながら迷っていると、「満室だけど、部屋を調整して31日に泊めてあげようか」と言ってくれたのだ。これはもう本当に有難いと思った。あんまり前後の日程で粘るものだから負けてしまったのだろうが、こっちは思わず頭を下げてしまうほど申し訳なかった。
まだまだ、これでは終わらない。次は宿泊料金だ。これも予てからHPでチェックして、ずっとこのプランで泊まってみたいと思い続けてきた、若者応援プラン4500円。もともと何故下仁田の小さな旅館に泊まろう、などとなったかというと、群馬県にはユースホステルが山間部にしかなく、前橋や高崎、桐生などの都市部では一般のホテルや旅館を探すしかなかったのだ。そこで、多少交通の便が何でも、5000円程度で泊まれる民宿などをひそかに探していた。そのさなかで見つけたのがこの下仁田館であり、しかも下仁田駅前には常盤館という老舗旅館があるにもかかわらず、こっちに注目していたのは同プランのせいなのだ。
が、
これは団体さん用なのだという。そ、そんなことどこにも書いてなかったでしょう、と思わず言いそうになったが、既に満員のところを無理に通して頂いているので、あぁ通常料金か、と諦めかけた。すると、私のショックを感じ取ったのか、これも同プランで承諾してくれたのだ。なんでも、満員のお客さんの中に、学生のグループがあるのだという。それで、同じメンバーとして扱うことで便宜を図ろうとのことだった。これもホント幸いだった。こうして、すべて電話での親切な計らいによって、まったく私の計画どおり宿泊予約が済んだ。大変感謝するとともに、まだ見ぬお宿に温かみを感じ、選んでよかったと思った。0日目として特記する価値は十分にあると思う。

ここからは、ひそかに南蛇井が、ネットや情報誌、新聞の小さなコラムから集めて心の中にしまってきたネタの数々。さらに、随所での予想だにしなかった出会いを挿しいれ。読者の皆さんに存分に堪能していただきつつ、自分もまた回想に浸っていきたいなぁと思うしだいであります。
毎度のように、各所ポイントを記していこうと肝に銘じつつも、長文になってしまうことをお許しいただきたい。

新ダイヤの東海道線

島田や三島でちぎられて、長距離移動が不便になった新ダイヤ。よくよく時刻表を見て、無駄な乗り継ぎを減らしたつもりが、逆に疲労につながった気はする。豊橋から三島まで下車なしはきつかった。大半をロングシートで寝てすごすなんて耐えがたい。

空腹に耐えかねて、熱海

いい加減疲れたので、東京への本数に困らない熱海でとうとう改札を出た。やはり温泉町は賑わいが違う。熱海はずっと前に家族で来たことがあるが、全然記憶がない。
駅から海岸へ一気に坂道を駆け下りる。これは登るの大変だろうと思った。それよりとにかく暑かった。長袖シャツを脱ぎ捨て、浜風の吹く海岸公園で弁当。熱海ぐらいになると、あぁ関東に入ったな、という感じがする。箱根を越えたからだろうか、空気が違う。同時に、ちょっと1日では帰れないぞ、という意識がわく。わくわく。

東京ターミナルを避けて、総武線へ

計画の段階では、東海道線をそのまま東京まで乗り、山手線で秋葉原、総武線乗り換えで浅草方面へ向かうことになっていた。けれどプランニングでなんども東京の路線図や時刻表を眺めていると、自然に別のルートが思い浮かんで遊んでみたくなる。大船で横須賀線に乗り換えると、そのまま総武線に入って千葉まで行く快速があった筈だ。これなら、総武線に入ってから各停に乗り継げばいい。東京駅の喧騒を避けられる。
にしても、車内にあるJR東日本のカラフルな路線図は、見ていてもなかなか訳分からなくなってしまう。方向さえ間違わなければ、あとは乗っている電車を信じるしかない。つぅか、横須賀線も東海道線に並行してるだけじゃないか。根岸線に期待していた俺が馬鹿だった。
ついでに、各停に乗り換える駅を誤って、平井を通過してしまった。新小岩まで乗って鈍行で戻る愚行。地下で東京入り、ってのは良かったけどねぇ。

平井のぼうや商店

午後3時過ぎ、やっと初日ディッシュのひとつ、平井に降り立つ。これが本旅最初のネタモノということになる。中日新聞サンデー版に掲載されていたコラムの、昭和の懐かしい駄菓子屋さんである。これはいっぺん行ってみたかった。記憶の底に、「ぼうや(棒屋)」という店名と、江戸川区にある、という事実だけ残っていた。それを手がかりにネットで検索した結果、総武線平井駅から徒歩5分のところにあるらしい、ことが分かった。平井なら浅草からスグである。浅草は夜でも賑わうが、駄菓子屋は昼間でないとやってない。だから、平井を先にもってきたのだ。コラムにあった、タバコの形をしたチョコを買うのが目的である。
さて、現地。地図は持ってきてない。調べたとおりの方角へ、適当に歩く。無いな、無いなと思ううちに、江戸川へ出てしまった。実は途中一箇所だけ、南に入る脇道に、それらしい古そうな建物を目にしていた。ちょっとそれを脳裏に置いたまま、また別な方向へ闇雲に歩く振りをする。そして徐にその建物に近づいてみた。やはりそれは、「ぼうや」であった。あったー。
総武線高架脇の、かなり道幅が狭く住宅の密集した地区である。今でも店の前は車どおりが少なく、子供らが遊んでいそうな雰囲気が漂っている。いいところだ。
3時過ぎ、お店はちょうど開店し始める頃であった。おじいさんがゆっくりと、細かな菓子やらレアもんの玩具やらを表に出していく。これはもう少し待ったほうがよさそうだ。また平井地区を適当に歩いてくる。平井駅からの表通りは、八百屋さんやら本屋さんやら、「ぼうや」に限らずどうも昔ながらっぽいところがある。
戻ってくると、「今日は少しだけだよ」と言った割には、意外と品が出ていた。低学年くらいの女の子が、「これいくら?」「これは?」と次次に値を聞いては、小さな菓子を集めていく。そういえば、陳列された菓子すべてが値札をつけていない。ジュースの冷蔵ボックスくらいだ。なるほど値を聞く会話も、我々コンビニに慣れた者にとっては縁のないことになってしまったのか。しだいに、近所の人が何人か集まってきて、ガチャガチャをいじっている。大きな荷物を背負ったままその様子を観察している自分が、かなり異質だった。が、やっぱり来た以上は目的を果たしたい。年配の女性が品出しを手伝いながら、「ゆっくり見てってください」と声をかけてきた。こんな店を長年続けている割には、おじいさんは意外と堅そうだ。値段以外はほとんどしゃべらない。
表には目的のものが出ていないようなので、少し奥へ入って(といっても2人以上入れば身動きが取れないほど狭い)、ゴチャゴチャを発掘した。昔の菓子だから基本的にどれも馴染みが無い。けど、ひとつ懐かしかったのは、ポン菓子というやつで甘くて米粒のポップコーンみたいな菓子だ。これが「にんじん」という袋に入っている。感動しつつ、さらに物色。と、
カラフルなパイプの形をした容れ物がある。中身は粒粒のチョコのようである。これだったのだ、コラムで紹介されていたものとは。タバコというから普通に細長いもんだと思っていた。高校の遠足だったか、この形をしたガムを持ってきている奴がいて、異常に欲しくてたまらなかったのを覚えている。つまり、これを売っているのだと勘違いしていた。そうか、今どきパイプで吸ってる人なんていないよなぁ。パイプタバコ自体がもはや過去のものなのだ。このギャップにまた、うわぁやられたと思った。
「にんじん」とパイプチョコ、それに表で子供らに人気のあった黄な粉飴(団子だったかもしれない、とにかく粒のものが楊枝に刺してあった)ひとつを、それぞれ値を聞いて求めた。トータルでたったの70円。超格安のおやつでございました。

YHに荷物を預けて、いざ浅草へ

今回の旅の拠点となるのが、浅草橋駅。そこに初めて降り立った。ここから本来の浅草までは、ちと距離がある。ただ、浅草に乗り出す前に、ひとつしておきたいことがあった。それは、「ぼうや」でも懸案だった大荷物のこと。これを今夜の宿泊場所である、東京隅田川YHに預けて身軽にしようというのだ。地図をもっていたのに、道に迷ったYHはこれが初めてである。分かりにくいといえば、まぁそうなんだけど。さらに、チェックインする前に荷物だけ預けておくのも、YH利用歴2年あまりで初めてである。連泊中、荷物を預けておく(ただ部屋に置いておくだけの事が多い)のは経験済み。でも、まだ料金を払う前から荷物を置くというのは多少抵抗がある。もうひとつ付け加えると、4日目のことなのだが、チェックアウト後に荷物だけ預かってもらったのも、今回が初めて。ホント、「ぼうや」以外の都内観光は身軽に歩かせてもらった。
勿体無くも幾分か風に飛ばされながら「にんじん」を食べつつ、いよいよ浅草へ向けて歩き出す。これがまたドジなことに方角を若干誤ってしまって、なかなかたどりつけなかった。その辺の間を利用して、何故今回浅草なのかを語っておこう。
東京へ行くなら是非是非何が何でも浅草、というほど猛烈に浅草へ行きたくなった、そもそもの原点の発端のきっかけは「下妻物語」である。即行、なんでやねん、とツッコミが来そうだが、まぁゆっくり説明する。「下妻」に興味を持ったのは、暴走族(レディース)の関係と、やっぱ映画そのもののシチュエーションなんだろうけど、これの公式サイトでトレイラーを観ていて、ある人物が気になった。それは桃子のフワフワヒラヒラファッション専門店の社長を演ずる岡田義徳である。若い割に結構味のある役者、という風格がトレイラーからも十分見て取れた。そこで彼のHPにまでアクセスすることになるのだが、コンテンツの中に東京都内の観光名所などを彼独特の視点で廻って紹介する趣旨の動画があった。視聴者へのプレゼントなども毎回あるらしい。今はどうも会員制みたいになって、自由には閲覧できないが、かつては何度も観れた。その動画の中で、一番最初に見て、一番心を捉えたのが、そう、浅草だったのだ。この岡田義徳という俳優には大変感謝している。ネタどおり見つけたもの、無かったもの、そして無かったからこそ得られた自分だけの思い出、そのチャンスをくれた彼にはやはり礼を言いたい。では再び現地へ。

オープニングは、東武浅草だ!

これはただ動画のオープニングで、東武浅草駅前が映っていたので、やはり浅草に来たからにはこれを見たかっただけ。道を誤って疲れているにも関わらず、わざわざ遠回りをして東武浅草まで行った。あの大きな「東武浅草」の文字が見れて、そんだけで感動した。

雷門

岡田義徳でなくても、浅草はやっぱり雷門で始まる。当然、ここは物凄い人である。インターナショナル。観光用の人力車が客待ちをしている。レトロバスと並んで、今ではどこでも見られる風景になった。
南東角の案内所で散策マップをもとめ、さらに向かいのカメラ屋でインスタントカメラを購入。実は熱海や大船など各駅のキヨスクで買おうとしたんだが、どこも1000円以上して手を出せなかった。日本のインスタントカメラは安いと思っていた(台湾では約300元、日本円で1200円して高いと思っていた)ので、なんだ日本でも原価は高いのか、と驚いてしまった。それが写真屋だと300円から400円程度で売っている。バカチョンカメラはこの程度で十分だと思うのだけど。あんまり安すぎると逆に怖いので、430円にしておく。おかげで、「ぼうや」にかんする写真は無い。残念。
この辺、小雨がぱらついていて微妙だったけれども(そういえば動画の天候も雨天だった)、上手い具合に人ごみを除いて大提灯に接近し、シャッターを押したのが上の一枚。でもやっぱりズームが無いだけ、くぐっていく人が写ってしまう。難しいな、この辺は。ちなみにこのシリーズであげている写真は皆、現像した奴をエプソンスキャンでPCに取り込んだものである。変な手間。

あげまんじゅう

仲見世というのは案外短いもので、ふにゃふにゃ歩いているといつの間にか抜けてしまう。というか、あげまんじゅうを探しているのに、異様に焼き菓子ぽいのが目立つ。あれ、雷おこしがメインじゃないのか?時の流れというのは早いものだと思った(謎。それでも仲見世の北の端っこに、揚げまんじゅう屋を発見した。外観からして、動画の店はこれだ。
「ごまあげ、ごまあげまんじゅう」
やっぱ、これでしょう。同じもの食うに限るでしょう。抹茶もいいと思った。空も薄暗くなって、より夕飯に近くなってきた時間だけど、せっかくだから両方買った。抹茶と金ゴマ、合わせて300円。やはりおばさんはピースフルだった。
アツアツを桜の下でほお張る。あれ?映像でみたパリパリ感よりは、寧ろモッチリとしている。もっと煎餅に近いような感触を想像していただけに、意外だった。
「やばいよ、これはやばい」
やばいを肯定で使うのには抵抗があるけれども、これは確かにやばい。

お祈り

「お寺さんは観光に来るところじゃないからね」
さんざん写真を撮っておいてから、彼はいう。
「お賽銭を入れて、何かお祈りをするところ」
ということで、あげまんの後はちゃんと浅草寺をお参りする。まず本殿をカメラに収めたが、これも遠すぎて、さらに曇天で暗かった。そして参拝。実は奥に、浅草神社というのもある。こうして同じ敷地に寺と神社が同居するのも意外とある。明治期の廃仏毀釈から逃れるための策であったとも考えられる。まぁこの話はいいよ。この神社のほうは夕飯後に参った。

浅草寺界隈

浅草を浅草寺と仲見世で終わってしまう観光は勿体無い、とある本に書かれていた。周囲には多くの表通り、裏通りがある。土産物店を覗いたり、飲食店を物色したりしながら縦横無尽に気になる道を入っては抜けた。一部はアーケード街になっていて、天候が微妙な中でも安心して歩ける。あるときはもう飲み屋の裏口みたいな筋をも歩いていた。夕暮れ時とはいえ、まだまだ浅草は活気がある。普通の観光地なら夕方には沈んでいくところだが、この時間でも浅草は人が絶えない。
伝統工芸品の店もいっぱいある。視聴者プレゼントになった「高級雪駄」もこの辺の店で買われたのかな?

江戸下町伝統工芸館

見るもの食うとこいっぱいで飽きることがないといったって、やっぱりどこか資料館的なところに入らないと観光に来た気がしない私。そんな自分に打ってつけのところがマップにあった。六区ブロードウェイ(ゲーセンばっかじゃないか)を北に抜けて、浅草地区の外れにそれはあった。仲見世からは結構離れてしまっている。けれど、入場無料の手軽さに惹かれた。義徳からは逸脱するけれど、これがまた誰もいなくて館職員以外は一人っきりのギャラリーで、軽い空腹を感じながら伝統工芸品を眺めるって案外面白いよ。

ホタテバターを探して

岡田義徳の動画に出てきたホタテバターを探した。どうもこれ屋台だったみたいだな。屋台は仲見世と浅草寺の間で片づけが進んでいたから、どうやら昼間しか食えないらしい。あきらめ。

「浅草ラ〜メン とおりゃんせ」で、英国人青年と乾杯

不運は必ず新たな幸運を生む。手ごろな値段のラーメンセットを見つけて、この店に入る。店は込んでいて、外国人の青年と中年夫婦、そして私が待つことになった。ボックス席が空く。まず青年が通される。案内係が、夫婦に「合い席でもよろしいですか」と聞く。「いや待ちますわ」と男性が答えて、順は私に回ってくる。彼の向かいに座った。
彼は英語と手振りで、肉味噌ご飯と熱燗を頼む。うわぁ、日本酒飲むの?とそこで惹かれた。私は高菜ご飯セット850円。料理が出てきてから、どこで話しかけようか、しばし沈黙になったが、きっかけは簡単でいい。
「おいしいですか」
彼のグッドサインが返ってくる。
「日本酒は好きですか」
かなり好きらしい。あとは英語が下手でも会話の流れるまま。彼は20歳の英国人。相当な日本通で、来日は8回、浅草だけで4回目だとか。ほかにも和歌山とかって言ってたな。打ち解けてくると、突然彼は店長を呼んで杯をもうひとつ頼んだ。つまり私と一緒に飲もうというのだ。乾杯をして2,3杯飲んだ。こんなことってあるかなぁ。店長も笑顔である。近くのホテルに泊まっていて、明日帰国するのだと。お互い、いいときを過ごせた。

隅田川夜桜見物

酒が入っていい気分である。隅田川の夜桜を見に行った。川面で華やかな船が行きかい、綺麗だった。

つくばエクスプレス

上機嫌ついでに、200円払ってつくばEXに乗ってみた。ぜんぜん急行区間でない、お遊び乗車である。終点秋葉原で写真を撮ろうとしたが、前方を確保しにくかったので駄目。

どっと疲れた秋葉原

都内の礎だったプリンシェイクが消えていたし、物凄い雑踏で一気に酔いがさめて萎えた。こんな集中した雑居のなかでよく正常に生きられるものだと感心させられる。

チェックイン

2年ほど会員だったので、今回非会員で宿泊するのに不思議な感じがする。目の前で説明されていることのほとんどが既にわかっていることで、ゲストカードなんてこの先要るかなぁと。何気にホステリングガイド(ユーザーしかもってない)をちらつかせてみたけど、気づいてるかな。

弁天湯

鉄道を長距離のって、浅草を縦横無尽に歩いたので、YH内のシャワーでは疲れが取れない気がした。そこでYH近くの銭湯で汗を流しに行った。湯船につかるとやっぱり日本人は落ち着く。湯上りにヤクルトを一本買って飲む。贅沢極まりない。

就寝

明日はいよいよ上州に乗り込む。わくわくどきどきして眠れない。
つづく