南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

「自然との共生」に自負心をもて

《この星と生きる2》(2010年10月8日付)本文抜粋
政府は日本の「里山」をモデルに人と自然の共生を図る「SATOYAMAイニシアティブ*1を目玉政策に掲げ、世界の賛同を得ようとアピールしてきた。
しかし、海外からは「意味が分からない」「価値観の押しつけ」と思わぬ反発も。特に欧州連合(EU)は「自然は克服するべきもので、共に生きるものではない」と強調。環境省の鈴木正規自然環境局長は「文明の衝突に近いものがある」と天を仰いだ。
結局、「各国独自の保全を尊重する」方向が強まっており、SATOYAMAは日本が拠出する人材育成などへの補助金のタイトルにとどまりそう。

なんと弱気なアピールだろうと思う。これは文明同士の衝突ではなく、隕石の衝突みたいな一方的なやつだ。このコラムを読んで、大学で受けた文明論の講義を思い出す。
日本は近代西欧文明を受け入れる以前から、ある程度の文明を築いてきたが根底には自然と共存する"文化"があった。同時期に次々と植民地化された地域も、自然に手を加える農耕の文化を文明と共に営んでいた。ところが西欧はその歴史において自然を克服しコントロールすることを常識とし、これを世界基準の「文明」として他に優越させた。それをやむなく受け入れた結果、産業を発展させる過程で生態系を破壊し、今日こうした会議を開かねばならなくなったのではないか。かの文明という名の文化を流布した西欧に大きな責任がある。
日本はここで先進国でなく歴史的途上国の側に立ち、自然との共存という過去の時代を見直した施策を強くアピールし世界を牽引するべきだ。ここに及んで尚「理解できない」とは彼らの傲りであり、協調性を感じない。彼らの「価値観の押しつけ」こそが斯くある現況を産んだのだということを、自身が痛感すべきなのである。
…書くうちに、COP10や参照した講義内容とのズレに悩んだが、浮かんだアイデアは発してしまわないと悔いが残るので少々詭弁かもしれない…。

*1:COP10では2020年までに、いかに生態系の劣化を食い止め、生物多様性を取り戻すかを決める。政府は里山にある山林や川、池、水田などの環境回復がカギだとする保全活動を世界に提唱する。先進国と途上国間で協力する組織「SATOYAMAイニシアティブ国際パートナーシップ(IPSI)」の設置も目指している。