南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

西安見聞路の旅(6):青龙寺,碑林

今日はデー…の前に、貴重な午前中を青龙寺と碑林参観に使う。ここまで喉の不具合だけで済んできた風邪が、今日になって鼻汁を伴いだした。旅の終盤でよかった。

青龙寺

朝8時ころ出て、游6路で向かう。この路線では、一乗車につき2元払う。铁炉庙(か誤ってその次)で下車、少し北上して指示板を探すも分からない。適当に路地を入ってうろうろした。おじさんが寂しく野菜挟み饼を売っているので、一個1元でちょっと遅いが朝飯にする。しばらく一角を探し回ってから、先ほどの経七路をさらに登ってみると、左へ脇道がある。沿道に仏像工芸店などが並ぶ、急な坂道を登りきったところが青龙寺。どうりで足元ばかり見ていては見つからないわけだった。平坦なはずの市街におけるこの高低差は、かつての城壁の痕跡である。院内の片隅に、崩れた壁の一部が残っている*1
寺の入口側からは北方向の市街が望める。山のお寺が多い日本とよく似た感触をおぼえる。拝観料は冬場で8元。この青龙寺は、後に記す日本との関わりを除けば、大きな寺院庭園と見るのがいい。原色の色彩に染められた大佛殿などよりも、工夫の凝らされた庭園を歩く、わりと日本に近しい造りである。季節がら、満開の桜(日中交流により千本が植わっている)や落葉を見ることはできないが、冷え切った木造の楼閣にのぼり、静寂の充ちる境内を眺めるのも又吉。
留学僧として入唐し、帰国後日本で真言宗を開いた空海が密教を学んだ寺とされる。兴庆宫公园の阿倍仲麻呂は記念碑だけだったが、こちらは日中交流の拠点として空海の像や紀念館まで設けられている。むしろ寺そのものが、唐代から続く関係の礎として観光スポットに入っている感じだ。紀念堂は境内の東のほうにあって、館内は写真などの展示が豊富だ。空海さんはお帰りになっているのでこの土に埋もれていることはないが、日本に与えた様々な影響の功労をねぎらうべく一拝み。

碑林博物馆

今度は221路で青龙寺から文昌门へ移動。城壁をくぐったところに碑林博物館がある。西安を代表する観光地、碑林。孔子廟だったところを博物館にしたらしいが、普通に碑林といえばいいところに、わざわざ「博物館」をつけるのは一応歴史陳列室があるためだ。けれど、実際に訪れたときは「碑林」のイメージしかなかったので、博物館の部分は一切記憶に残っていない。入場は学割で15元。正面ではなく東横から進入し、北へ進む順路になる。入口に、かなり綺麗なパンフレット(中国では滅多に見ない)が置かれていたので、中国語*2と日本語のものを取る。さすが天下の西安、日本語は非常に自然である(午後にはもうあげちゃったけど)。でもホコリがかかっていたし、ツアーならガイドがまとめて配ってしまうと、なかなか手にとられることはないんだろうなと。勿体ない。
もったいないといえば、歴史陳列室とよばれる部分を参観した記憶がないのは少しもったいない。たぶん前半の庭の中に向かい合う展示室にあったのだろう。鼻汁に悩まされて弱っていたので、注意力が足りなかった。それでも、七室もある碑林部分はよく覚えている。順路が、左右に広がった展示室の真ん中を貫いているので、ツアー客はほとんどその通路上にある名品だけ解説されている。どうせ日本語じゃないし解説を聞いていると脳を疲れさせるので、半分聞き流して静寂の空間へ逃げる。左右は黒い石刻の碑の壁、下はコンクリートのたたき。建物は柔らか味のある造りだけど、身の回りに溢れる冷たさが静寂を煽る。残念なのは、こんな貴重な遺産に対しても、手を触れられるところでは落書き等が見られることだ。手を触れるのは、いにしへの書家の筆力と年月の重みを感じるときにのみ許される。碑の足元が亀頭の形をしたものは、撫でられて艶が出るまでになっているのに。どこの展示室だったか、欠けたり割れたりした碑石を修復作業している姿を見かけた。开封の翰园碑林よりも、重厚感があって林と呼ぶに相応しい膨大な碑石が立ち並ぶ空間が創出されている。たしかにデートスポットじゃないけれど、観光としては非常に価値あるところ。碑石群を抜けると石刻芸術陳列室に続く構造になってゐるが、ここも庭園の一角にしか憶えていない。まったく碑林だけ観たって感じだな。
ただ、博物館の東脇、柏树林(路)との間に細い路地がある。爆竹の音が怖かったけれど、この路地に沿っていくつか石刻の店や製作所がある。薄暗いし住宅地のようなので近寄りがたいが、覗いてみるのもいい。

书院门はどこだ?

南门のYHとは反対側に、书院という骨董市場があるらしい。碑林からの帰りに通ってみるつもりだったが、残念ながら道を誤って东木头市まで北に行き過ぎてしまった。城壁に沿ってそのまま帰れば、书院に出られたらしかった。まぁそれよりも、碑林内で切らしてしまった“手紙”を買うことのほうが大事で、书院よりもコンビニを探していたのは確かだが。
一旦部屋に戻って、お姉さまが去った後に散乱していたミカンを片っ端から食べて、栄養補給。ちょっとお昼を食べている時間はなさそうだ。

雁塔区散策

初日にも記したように、、私の泊まっている书院YHの裏にも別のYHがある。一度前を通って確かめたことがある。ずっと南门に滞在していても、こちら側からの外国人の出入は全然気づかなかった。ところが今日、XさんがそのYHに誤って行ってしまった為に、向こうには日本人がいっぱい泊まっているらしいということが分かった。意外である。ここ西安に来て日本人を一度しか見かけていない。それに书院のほうは、中国人と外国人が半々か前者が多いくらいなのだ。それぞれ特徴が出るのらしい。
ご両親が厳格なため彼女のお家に伺う事はできないので、雁塔公園を中心に(日本でいえば中学校区ぐらいの範囲の)地元を案内!してもらう。これも話しながらではあるが、結構距離いったと思うよ。地下鉄工事真っ最中の长安路をずっと南へ行く。車道は大変だが、歩道はまだ侵食がなくて歩ける方。南门から地下鉄2駅分*3にある国展中心では、全国各地の小吃グルメ展?が催されていて、ついつい匂いに誘われて?その中も歩いてみる。春節の飾り物なども便乗して露店を出している。その先が省図書館。県図書みたいなもんで、やはり受験生の自習室化しているのらしい。それにしても西安は中国有数の大都会だねぇ。ゲーセンとかディスコとか歩道橋(?)とかちゃんとあるものね。この都会の風潮に染まらない彼女はエライ。西安の人口を尋ねたら800万とか言われた。いや東京より多いか、市区だけで?。まさか。
東へ入って、陕西省历史博物馆から大雁塔まで。公園の中で一休み。兵馬俑でのボッタクリの一件は、随分彼女を憤慨させた。私はもう笑い話にしつつあったが。しかし、ああいうときって110通報した方がいいのだろうか。もうあのエリアは常習だと思うし、証拠を洗うまで捜査しないでしょ。外国人同士口コミなどでボイコットして潰させるしかない。自分たちが儲かるようで、実は中国人全体の顔に泥を塗っているだけだということに気づくことはないだろう。今回は儲かりもしなかったしね(笑。
公園前の雁塔西路沿いには、海外料理店が軒を並べている。インドや韓国、もちろん日本もある。高いのはもちろんで、中国で食べるんだから、という付加価値をつけなきゃいけないことを教える。ある中学校の正門前で、ここが母校だという。それから明らかに団地の中である「通学路」を通って西安外国語大学の前に出る。ここも日本人留学生は多いことだろう。
こうして、あと市バス1つ分くらいまでご自宅に接近してしまったが、門限(私のではない)が近いので少し早い夕飯。昨日蔡家坡で食べた凉粉と黒米粥。あと一つあったような無かったような。凉粉は辛くて鼻(汁)に効く。この店には西安名物の肉夹馍がなくて、Xさんはかなりガッカリしまた焦っていた*4ようだったが、幸い隣の店にあって一件落着。私も一回は食べられてホッとした。开封で食べられる白吉馍に似ているが、もっと馍がふくれているのと西北の味がするのが違い。
最寄の停留所で、お土産(インスタントほうじ茶のパックとホッカイロ)を渡して、お疲れさん。バスなどでポイントだけ廻る観光に遅ればせながら一息入れて、目的もなく気ままに歩いて街を見るのも良かった。今度は珍しく南门でピッタリ降りられたぞ!。
最後の夜だが、また一人中国人と話した。持ってきたMP3の日本の曲を聞かせたら、この曲も中国語版があるという。日本の曲が出てからほぼ2,3年後には中国語でリリースされるらしい。何も近頃始まったことではなく、もう10年以上も前の曲で既に行われていたことを知る。
つづく

*1:ロープ等が張られていて建前上近づいてはいけない。市南部を見下ろせるが、足元が不安定な箇所もあり注意。

*2:今よくよく見たら繁体字表記だった。

*3:今回買った地図には駅設置予定箇所に「D」(地铁ditieのD)が付されているので、距離なども参考になる。

*4:私が既に泡馍を食べちゃっているので。