南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

阪神淡路大震災から10年

Nanjai2005-01-19
 阪神淡路大震災兵庫県南部地震)が発生して、神戸市や尼崎市、淡路島などを中心とする広範囲で多大な被害をもたらしてから、今月17日でちょうど10年を迎えた。6433人という犠牲者を出した未曾有の悲劇は、関東大震災と並び、日本国民の大半に天災への意識と居住・防災への対策を促した。関東大震災は近代国家の道を歩み始めたばかりの首都圏に起きたものだが、阪神淡路大震災は科学技術の発展した現代において、その商工業最発展地域とも言える場所で、いかに自然災害に対する政府や市民社会での対策がなされていなかったかを浮き彫りにする結果となった。科学技術は、人を救わず、救援を妨げる事態となった。根元から横倒しになる高架鉄道や高速道路、密集した住宅街で広がる火災、避難する人々の車で渋滞し支援車両の通行が妨害される。文明による救助は、関東大震災の時とさほど変わらないのではないか。
 その中で、市民の窮地での協力関係、瓦礫に埋もれた人々の生命力などが、震災による脱力感を除き、復興へと導いた。昨年の新潟県中越地震で、奇跡的に救出された2歳の男児。土砂と車の間に2,3日食物もなく生き延びた彼の生命力は、中越の被災者のみならず、全国民に活力を与えた。また、昨年の暮れに世界を揺るがしたインド洋大津波では、椰子の実を食べながら洋上を漂流した人々が何人か救助されている。家族や親類を失っても、自分だけが助かった事を大切にし、何としてでも生きようとする力を感じさせる。家屋の倒壊や火災で、一瞬のうちに家族を失った人々も10年の年月を経て、漸く区切りをつけ自らの人生を歩み始めようとしているだろう。窮地にあれば、人間は互いに認め合い協力し合う。それが本能なのであろう。
 日本は天才と人材は多いが、天災と人災を防ぐのは弱い。世界各国でも同じだ。目先の利益に囚われて、そこにしか出資できない現実が、サイレンのない浜辺や耐震性の弱い家屋を生み出している。科学と金が人々に最も近い形で利用されることが望ましい。
 日本の地は動く。これは太古から普遍である。自然現象を説いた神話教育を為さない現在でも、自然の理に逆らうことはできない。科学技術といえども宙に浮く事はできないのである。
結:地も愛せ!【2005/01/19/PM】