南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

反日デモに関する初コメント(概観)

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 未だに当方の日中問題はモラトリアム状態。いつのまにかアジア・アフリカ会議で温暖関係に戻そうと試みたり、中国当局も積極的に沈静化を働きかけたり、日本総理も村山談話を持ち出して改善を図ったり、かなり波は収まったかに見える。中国側は反日教育や思想言論統制への批判、日本側は過去の侵略戦争に対する謝罪と誠意の行動欠如を批判されるという、互いに非を保有し、それを分析・克服できずにしぶしぶ負担を自身に押し込めるような形となっている。反日デモは現政権の圧制と一党政治体制に対する不満が、政府に沿った行動で表されてきている。反日感情とは、政府の思惑通りであり、多少の暴力性を持つとはいえ、正当化される。実はこれを批判しがちな反漢(反中)日本人に告ぐところだが、現在の日本人の多くが(特に高年配の方々を中心として)、戦争に対する敗北感を認めきれない、なぜ謝罪をしなければならないのかという疑問が蔓延している。戦争を幼い身で経験した世代や今までの生涯で全く戦争体験のないものが、過去の政治体質への回帰を受け入れやすくなってきている。今日行われている憲法改正や国旗国歌法ほか数多の政治・社会改革は、政治家本人の意思であると同時に、日本人の多くが何の考えも持たずに受けいれられる、いわば反日感情と同じ戦前回帰感情なのだ。しかもこれは我々がGHQ統治以来脈々と共産党・社会党の批判を影響力として、日本国民が有耶無耶のまま押さえつけられてきた、見えざる爆発寸前の気風なのである。歴史教科書問題や小林よしのり氏著作などによって、巧妙に発火されたこの感情は、中国当局よりもたちの悪い政府許容によって、警邏の出動も経済凍結もなく燃え始めている。
 さて、戦中の悲劇と戦後の極貧により、戦争解析に目を閉じてしまった我々日本人が、妙なところで燃え出して、他者を抑圧する行動に出たことは非常に嘆かわしい。国土の爪先に全視線を投じたことで、村山談話という首を絞めるような「シャザイとハンセイ」を持ち出さねばならないリスクを負った事をこそ、反省すべきである。
結:竹島・釣魚島保有宣言は、自己喪失者の美爪術なり。【2005/04/25/PM】