南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

中東問題とパレスチナ人組織(PLO)の位置

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 レポートは上記のように、パレスチナ解放機構(PLO)の成立から現在に至るまでの動向が延々と連ねられ、要点を掴むのに大変苦労した。中東問題がパレスチナ側の動向のみで理解され、解決に至るものではないが、今回のレポートを筆者なりに解釈してみた。
 結論から言えば、パレスチナ人は周辺勢力によって常に翻弄させられている人々なのだ。1964年結成当初は《イスラエル抹殺を詠う一方で、シオニストによってうばわれたパレスチナ地域に独立国家を建設することであり、この国家はイスラム教徒・キリスト教徒・ユダヤ教徒の間で差別のない世俗的で民主的なものでなければならないとするパレスチナ民族憲章を採択》したが、第三次中東戦争を経て反イスラエル闘争の中心的勢力であったファタハが加入して以降、アラブ・イスラム教連合体の後援を受ける反面、ユダヤ人やキリスト教勢力である米国との対立構造を築き上げていく。第二次大戦前に植民地支配を受けたアラブ諸国の、パレスチナ問題に乗じた行動といえる。しかし、パレスチナ人は同じムスリムに加勢されて悪い気はしない。パレスチナ人自身が、その取り巻かれた悪環境に気づくのは、湾岸戦争においてイラクと協調状態になったときである。このときパレスチナは同じイスラムのイラクに支援されたと思って乗じてしまったが、それは同じアラブのクウェートに侵攻した国であり、また暴政で国際社会から非難を浴びている国だったのだ。民族協和を背景とした反イスラエル単独支配だったはずのPLOは、周辺諸国の諸活動によって敵の範囲を広げられ、世界紛争化させられた。漸く内部からそれに気づいたのが、オスロ合意に至ったものと思われる。
 オスロ合意でノーベル平和賞を受賞した、イスラエルのラビン首相は元軍人、アラファト議長も反イスラエル闘争の中心勢力ファタハの指導者であり、共に以前は硬派であった。しかし、互いに武力の応酬をしあいつつ、周辺国家との戦争や動向に目を配るうちに、ただ双方がアメリカを中心とする資本主義国家と、アラブ・イスラム諸国(資源輸出国)の対立の中に組み込まれていたことに気づく。まだ仲裁を借りねば和平交渉を順調に進められない状況ではあるが、世界システム内の紛争から脱却し、当事国のみが対等に交渉できることが望ましいのではないか。
結:嗾けられても吠えてはならん。【2005/11/14/PM】