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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

非法治国家

国家への帰属意識が薄れてくると、国家間でも摩擦や問題が生じるようになるから、やはり熱烈でなくとも本心からの愛国心を堅持してもらいたい。まだ政府による操作的な愛国心を持ち続けていると信じている同胞が多いかもしれないが、操作されているということは当然本心からじゃないわけで、僅かにでも批判されるとマジに反論してくる性質の悪いものが多い。主張がお定まりで飛躍性がない。だいたい領土問題に中華民族主義を持ち出して論じて、何の解決策が導かれるのかという話。たしかに国際法が彼らにとってまだ不公平で、自国の仕切った土俵で戦いたいというのはあろう。けれども、自国が「法治国家」でないことを多くの学生が自認しているようだが、国際社会で声高に非法治国家を主張して場を仕切り、それがまかり通ると思うのだろうか。それが世界的に先進国として認知されつつある国のすることなのだろうか。中華思想は外国人にとって理解しがたいし、議論において一種の武器とはなりうるが、この武器は本来敵の武器によって打ち砕かれるべきものではないし、無知な我々をやり込めるためにあるものではない。彼らの御霊のなかに静かに宿るべきものではないのだろうか。理解はしても構わないけれど、国際的な協議の場に恥ずかしげもなく持ち込んで騒いではならない。
アメリカ帝国主義が横暴を極めているとはいえ、国際社会ではやはり法が重視されている。皆が納得できる近代以降の法に基づいて解決策を探るべきであり、一国の伝統思想に惑わされてはならない。当然わが国にも言えることであり、古代大和や歴史的根拠の薄い近代以前の史実に従って権利を主張してはならない。寧ろ一歩譲って先輩の格を示す余裕が求められる。
だいいち、中華思想ってのは、中国が法治国家でないこと即ち法がないことを補うために、法と同等の力を持つ存在じゃないか。つまり彼ら周辺の問題はすべて同国の法によって、外部を排斥して裁かれてしまう、そういう意味になる。「我々には、法はなくても中華思想がある」って誰か学生が明言したぞ。
こういう連中は国際社会における自国の外見を知らない。自らが如何様に見られているかを知らない。経済力を手にすれば、自らのルールが間違いなく世界に通用し、諸国が理解してくれると勘違いしている。寧ろ理解できなきゃバカじゃないかという意識すら持っている。さすがにアメリカでも、ここまで図々しい飛躍をしたことはないと思う。自国の主張を背負ってはいるけれど、それが如何なる批判に晒されても悪い意味で固辞しつづける。せっかく晒されているのに、あたかも無いかのような態度をとり続ける勿体無い晒され方を続けている者も少なくなかろう。意見に耳を傾け、骨格を崩さず修正を加えていける柔軟な晒され方を心がけて欲しいな。
我々も掲示板などでコソコソ「中国は法治国家じゃないから」などとほざいてないで、国際協議の場における非法治国家の存在をはっきり否定していかねばならない。国内では何が人民を支配していても構わないが、我々が同様のルールに従うことはない、ということを明言しないといけない。
中国が地球上まれに見る新思想国家として発展するのは大歓迎であるが、国際社会に一構成員として属するならばたとえ経済大国に成り上がったとしても、まずは現行の法に従った上で改善を求める影響力を発揮していくべきである。グローバルスタンダードを導くパワーがありながら、手順を誤ったが為に元も子もなくなる可能性も無くはないのだ。
一歩譲ってその寛大さ、心の広さを示す。一歩でも大人な国家であることを示す。その一歩を踏み出したほうが勝ちだし、その一歩を相手に促したほうはもっと勝てると思う。下手な揶揄中傷よりずっといい。