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南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

Google、中国から撤退?論争

百度(Baidu)のトップページデザインがシンプルなのは、Googleを真似たのではなくて、代行する為だったのね(^_^)。
中国の法律を遵守しない者、異を唱える者は出ていけと。外国企業に限らず、自国民にもそう接しているのだから。
幸い外国人は選択権があって、その国の法律制度が非合理だと思えば、その世界に入らぬことができる。これはどんどん退出するべきだ。金に目が眩んで、人としてすべきことを忘れている。人権の非合理に目をつぶってまで経済利益を追求する意味があるのか。卑屈な思いを圧し殺してまで、利潤を求めたいのか。
現状のような大陸では、台湾のように経済力の向上に伴って民主化が進む、ことにはならない。経済を肥えさせたところで、我々が描くような隣国にはなりえないのだ。改革開放の時点からもっと逆境に置かれて、海外からの大規模投資に頼らず、自力で中国を世界の一国に仕上げる努力段階を踏んでこなければ、何も変われはしない。人民の自発的底力が今の経済力を作った*1、そしてその経済力なくして中国の存在・地位は国際社会上にない*2と言わしめて、初めて政治を動かしうる。
まぁこれは共産党の存在を否定するような動きになってしまうがな。これは経済についていうんであって、「国」を守る存在としての党を否定したくはない。「天皇を中心とした神の国」であった嘗ての日本のように、統一を象徴する、国を包容するような党の存在は重要だ。現時点ですら、市場経済を取り入れて指導し、「共産党」の名に矛盾するのだから、この際象徴に徹するのも如何かと*3。右翼は右翼を尊重するという姿勢で、少しフォローしてみた。
無視こそ最大の圧力。攻撃、非難、征服、新政権樹立のプロセスに拘ってはならない。孤立こそ最大の原動力。この圧力は国際潮流に従わせるより、内的潜在力の発揮を促進する。オリジナルな成長を模索するようになる。自己流に頑張ってみて初めて限界を知り、ある程度従うことや協調の必要性を理解すればいい。この点は以前にも書いたことがある。
外部ばかりが正しいとは限らない。投資してやったんだから、グローバルスタンダードに従えというのも傲慢で暴力的だ。これに反発する意欲があるなら、きっと成長も早く躍動も大きいだろう。
美味しい市場からの退出は経済界の人間にとって苦渋そのものかも知れないが、我々にとって理想の隣国、人間的な国となるには最善の方策かもしれない。また、中国という国家の持続可能性にとっても、有効に作用するだろう。
鎖国的な時間を経て、あらためて門戸の開かれた中国に、また一段と新鮮な市場を期待してみたい。そうした希望を胸に今、潔く中国から撤退しようよ、Google

(書きながら考え、考えながら書くと、どうも文章が乱れがちだ。大学の卒論テーマだった、台湾の民主化に関連が及んだのには、自分でも驚き。いつのまにか既出稿のオーバーラップになってしまった中で、少し思考の動きがあったかなと。)

*1:五輪や万博など政府の発するスローガンに後援されることなく。

*2:軍事力の存在感を差し置いて。

*3:豊かな経済の達成後に共産社会へ回帰する、というつもりなら別だが。そういう予測もあるからね。