南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

郡上みずの旅 2:長良川鉄道沿線

《主な移動行程》
郡上八幡→自然園→美濃白鳥→北濃→美並苅安→(帰路)

《旅先の諸々》
このYHは、洞泉寺という浄土宗系(だったと思う)のお寺で、保育園が隣接しているため境内には遊具がいくつかある。なんだか自分が幼いころ通った幼稚園もこんな感じだったので、とても懐かしい。俺が卒園してまもなく、古い本堂を解体して、鉄筋コンクリート製の本堂兼事務所兼幼稚園の一部を建設した。その建物と似た感じの、真新しい、旅館並みに綺麗な建物がYHとして使われている。そんなホステルに今回は宿泊している。ちなみに、この寺には古い本堂も残っていて、また懐かしい感じがした。

朝食30分前に起きて、皆でテレビを見ながら話す。ちょうど例の福知山線事故のニュースが独占していて、一番安全(なはず)の旅をしている俺と、一番危険(と思われている)旅をしている3人のライダーたちの間で、またバイクと電車の旅における安全性が論点に上がってきた。俺にとっては、あんまりインテリなことも言えないし、かといって年上さんが多いため馬鹿な意見もいえない、という大変調節の必要な場面である。

東北旅行で泊まった毛越寺YHとは違って、非常に質素な朝食。勿論生臭は一切無し。さすが寺YH、と感服。でも後で強烈な空腹が襲ったことは言うまでも無い。この朝食で、今夜泊まっていた女性客の一人に会った。彼女は、遥々東京から高速バスや鉄道を乗り継いで旅をしているんだそうだ。俺も東北では散々やったけど、青春18切符も使えないこの時期にかなりの大型旅行をやる金は一体どこから来るんだろう。と余計な心配をしてみたけれど、社会人ですもんね。ライダー達もだが、GWには大きな計画が実行されていて、多少自分が惨めでもある。

女性客は連泊だそうだが、バイク連は食後まもなく自機の調整や荷造りのため駐車場に向かってしまう。そんなわけで俺一人部屋で一服していても何なので、郡上八幡駅からの出発を1時間半後に控えながらも早々と宿を出る。しばらく駐車場に行ってライダー達の活動を眺めていたが、エンジン音が響き始めると、彼らの旅の安全を祈り、その場を去った。

朝の宗祇水。まだ観光客のいない静かな空間。水の槽が三段階に分かれていて、一番水源に近い神棚前の槽には、モノはおろか、手足すらも入れてはならない。不思議なことに、そこだけは、上に樹木があるにもかかわらず落ち葉が一つも浮いていなかった。何でもないことだが少し幻想的な感じがした。

〔城下町プラザ〕へ行き、昨日チェックしておいた郡上味噌(山葵入り)を買ってお土産にする。今日はGW3連休の初日だから、地元観光協会の人々も張り切っている。早くも、東海北陸自動車道で、ある観光団体が渋滞に巻き込まれているという情報が入ってきた。臨場感バリバリだ。そんな彼らを横目に、バス停でコミュニティバスの時刻表を調べる。しかし赤ルートと青ルートの乗車場所を間違え、結局駅まで歩いたのは後の話。バスを待ちながら、また町の中を水巡り。各箇所の水場で何度もペットボトル(昨日まで水筒)を取り出しながら、ほんとに何度も躊躇い、郡上の皆様の生活水を汲んでお土産にするのは大変罪深きことかなと思いながらも、バス発車3分前に近くの水場で500mlほど戴いた。我が家で「カルキ臭がしない」イコール「おいしい」という非常な好評を得たことをここでお伝えして、郡上八幡の皆様にお礼とお詫びを申し上げます。ほんと、名古屋の水もひどくなったもんだ。

一晩ぶりに長良川鉄道に乗車。八幡の駅員がなかなか一日フリー切符を売ってくれない上、時刻表もくれなかったので残念。そしてこの後、さらにとんでもないハプニング発生。予定では、次の自然園前で下車し、その郡上自然公園で4時間余りも過ごすことになっていた。ところが、その自然園とは、
野外学習(研修)施設だったのである(名古屋人で言う稲武や中津川みたいな)。したがって関係者以外は入れない。下車わずか10分で用は尽きた。せめてしょぼい自然公園でもあって、昼飯は兎も角団子屋さんくらいあるかと思ったのに、あっさり裏切られた。どうりでみすぼらしい駅で、下車は俺一人な訳だ。3時間も駅でぼぉっとしているのも詰まらないので、次の山田駅まで歩く。線路伝いに歩道のない国道を、暑さに耐えながらトボトボ。暑いといっても川の脇なので多少冷やされる。しかし郡上はほんとに山間だ。河の両脇には平地が300mくらいしかない。国道と線路を除けば、工場と家数件で山になってしまう。国道には、宿で出会ったようなライダー達が脇を駆け抜けて行く。まだここにはGWの混雑は見られず、彼らも結構スピードが出せる。尤も八幡より先に観光地なんてほとんど無いから、ここまで来るGW客は多くないのだろうけど。いつのまにか旧八幡町から旧大和町へ。昔の郡上郡八幡町と大和町の境界表示が【郡上】から【郡上】に表裏とも書き換えられているのが、平成大合併の表れだ。長良川鉄道は、美濃市を出ると北の終点までずっと郡上市である。畜生、愚上司め。

そろそろ山と川と国道の車どもに飽きてきた頃、長良川鉄道山田駅の矢印を発見。矢印を書くほども無いような、これまた寂れきった駅である。それでも花壇があって、ベンチには座布団や椅子が置かれていて、全線時刻表が貼ってあって、駅構内は人の温かみを感じる。ここで南蛇井特有の遊び心が出てきた。時刻表を見て、上下線の列車が八幡で行き違いをすることを思い出し、まず上り列車に乗って自然園まで戻り、自然園で下り列車を待つという馬鹿なフリー切符使用法を実行した。八幡まで戻ると、下りが上り到着と同時に発車してしまうので成功しない。自然園でないとこの遊びはできない。せっかく1500円で乗降自由なんだからというのと、目の前で上り列車が停車するのに乗らないのは勿体無いというのが相まって、これは実施された。それにしても、一駅分歩いた苦労は何だったのだろう?。たぶん時間の有効利用だ。再び自然園駅に降り立つ。駅のベンチに立てておいた木彫りの顔が俺を迎えた。この木彫りは各駅の入り口や踏切にいつも設置してあるらしく、何かのお守りか安全祈願らしい。笑顔とも何ともつかないような表情を投げかけてくる上、首から下が無いので、幾分不気味だが。

昼飯をどこで降りて食べるか、即ちこれより先、どこが街かを巡って、白鳥と大和が争ったが、白鳥を買った。白鳥町はちょうど春祭りの最中で、今日は駅前でのステージ催しと神輿コンテスト一次予選およびお披露目パレードの模様。昨晩の過ちを犯さないために、各食堂を吟味しながら、白鳥の小さな町を歩く。それでも朝の極小ご飯への空腹に耐えられず前菜として駄菓子屋さんでドーナツを買う。たっぷり砂糖をぶっ掛けてあって前菜には重すぎたかもよ。ドーナツを頬張りながら見つけた看板、<名物カツ丼>に誘われたので、偶然か意図的か判断は難しいところだが、昨夜の蕎麦屋と同じ店名の〔大和屋〕食堂に入る。そして迷うことなくカツ丼を注文。この「迷うことなくカツ丼」の台詞は、京成八幡の大黒家を思い出させる。永井荷風が生前通い、カツ丼とお酒を注文したとの話を、新聞のコラムに見た南蛇井が、友人を誘ってこの店に行ったのは去年の3月だったと思う。大事な切符を紛失したのは災難だったが、あの格別なカツ丼の味は忘れられるものではない。ちょうどあれと同じような、大盛のカツ丼が登場。昨日丼ご飯をバリバリ食べたかっただけに、これは大変嬉しい。お祭りの関係者・運営者が続々と疲れながら入ってきて店内は賑やか。満足様さまで店を出た後は、町内各地でウォーミングアップや最終調整をしている御神輿を一つづつ眺めながら、ぐるっと廻って駅に戻る。台車に乗せるもの、若い衆が担ぐもの、マツケンを象ったもの、神輿よりも担ぐ人間のほうが威勢がよくて派手な格好をしているもの、年配者でも疲れきったサラリーマンよりよっぽど活気付いた顔をしている。日ごろ敬遠される田舎だけれど、都市より余程人間らしい息吹が感じられる。ステージでは、小中学生の合唱披露。小中学校の合唱って、歌声はイマイチだけど、その練習のさなかにいろんな青春がある。だから披露の場が大きいだけ、その青春の思い出は心に残って、大人になったとき後世にも自然に機会を与えられるようになるんじゃないかと思った。だから、名古屋の連中みたいに校内だけでやってないで、こういう多少広い場面が欲しいと思った。もぅ田舎と都市でも、小中学校の一校辺りの人口はほとんど変わらないほど少子化だから、狭いのだよ、校内では。

さて、白鳥より先に行く乗客がどれだけいるのか非常に疑問だったが、答えはおよそ10人。大変凄いことだ。なぜなら、北濃駅とは、ラーメン店すら廃墟と化した殺風景な終着点なのだ。ほぼ廃車である車両が、乗ってきた列車のレールの先に停まっている。これを眺めに行ったら、後は折り返しの時刻まで国道を行く車たちの風を受けているより仕方が無い。そんなのは詰まらないっ、ということで不思議がる他の乗客たちを尻目に、一つ南の駅まで歩き出した俺。駅名のとおり近くに〔長滝〕というのがあるだろう、という目算だったが、それはちと遠かったみたい。駅の傍にある〔長滝白山神社〕と〔白山長滝寺〕を参拝。この紛らわしい二つの寺社は、元々神仏分離政策が取られるまで同居していたのである。だから今でも境内は共有状態。なかなか興味深い空間でした。この地方の百姓一揆の勇壮を称える碑もある。参道をゆっくり下っていると列車の警笛が聞こえたので慌ててホームを登ってお出迎え。さっきの皆さんが乗ってらっしゃいました。

ここからは、ドンドコ、デンデコと長良川を下っていく。お土産の山葵味噌を窓からの風に当てながら、気持ちよく一眠り(したらしい)。それでもちゃんと最後の目的駅には降り立つことができた。3時、美並苅安、無人駅。委託有人駅なので、通勤時間帯には誰かいるのだろう。コンビニも観光案内図もないので、家で見ておいた地図の記憶だけを頼りに、GW渋滞真っ盛りの国道を歩き出す。歩いたほうが速い。ザマミロ、車ども。ただ排気ガスを食らう俺も多少惨め。しばらく行くと、東海北陸自動車道美並ICと国道との合流点に出る。従って、それより北は、東北道から出てくる車も合わさって、さらに酷い渋滞に。恐らく八幡まで続くのだろう。ご苦労様。有難いことに設置されていた方向板に従って国道とお別れ、わずかな車とともに只管坂を登ると、最後の南蛇井の戯れ事観光地である〔日本まん真ん中センター〕がある。これといって面白いものがあるわけではないが、途中下車のネタになる。世界最大級の日時計日時計の歴史、旧美並村(現:郡上市美並)の郷土資料と地域住民の集いの場が設けられている。そして円空研究センターが併設され、彼の功績に関する資料が展示されている。ところで南蛇井は、円空という人物についてあまり掴めていない。そこで簡単にgoo辞書で調べてみた。
【(1632-1695) 江戸前期の僧侶。美濃の人。関東・東北・北海道を行脚し布教した。その間、一二万体の造像を願ったといわれ、鑿(のみ)で荒く彫るだけという独特な彫法で多くの仏像を残した。】
以前に岐阜羽島を訪れた際にも、円空のお寺を見つけたが、なるほどこんな人だったのか。センターの外には、木彫りの仏像が数十体ほど置かれ、彼が農民たちに伝えたとされる薬草の菜園があった。東北道の速度取締サイレンを聞きながら、これらの薬草を一つ一つ見て廻っていると、日が暮れてきた。センター閉館と同時に駅に向かう。まだ渋滞が続いている上、エンストした車両もあって、国道は荒んでいた。列車が来るまで、駅構内の本棚にあった『砂の器』を読んで過ごす。

帰りの車内は混んでいたので、しばらく立ち席。今度はちゃんと刃物会館の姿を見ることができた。結局、一日フリー切符を1500円で購入して、3300円分使用した。すごいだろ、倍以上の得。

南蛇井がはじめて郡上八幡を知ったのは、小学3年のころ、テレビで長良川に生息するサツキマスの生態と、郡上八幡の営みを観たとき。ようやく、長良川郡上八幡の水に触れることができた。あまり根拠のないことだけれど、「郡上」の地名は長良川の「群青色」から来るのだろうか。長良川や支流の吉田川の水面は、とても青くて綺麗だった。