南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

许昌禹州(Yuzhou)

河大から西站は面倒だ。早朝だと公交10路は目覚めていない(冬)。18路(新街口)1路と継いで着くと少し遅め。禹州直行は希少なようなので、郑开をとる。これが乗車率120%のところへ金明广场で更に積むものだから、150%超で足の置き場がない。今日からUターンラッシュなのであった。
郑州南站より禹州まで18元。10時に発し、何の問題支障なく昼に到着。既に地図を持っているので(距離がつかみづらい)、テクテク北へ。さすが同じ地級市内、许昌と同様街がキレイだ。地方小鎮レベルで开封よりも整備されてキレイなのには感心させられる(禹州は県級市)。市内公交には乗車しなかったが、バスガール制。郊外路線も多いからなのだろう。私にとっては使いにくい。全車両とも新車。停留所もまずまずで。
細い环城河の残る古城鎮である禹州だが、その内部は完全に近代都市(鎮ではない)で、大型ショッピングセンターやブティック?が建ち並び、その数开封など及ばない。そのせいか、小田舎の割にファッショナブルな若者が目立つように感じる。衣類の専門店や遊び所が多い。
钧州大街を北へ北へ、意外と長いぞと思ったら、颖河に出た。ここが鎮の北の果て。綺麗な公園になっていて憩いの場。さて、禹州の本来の目的とは、钧瓷産地の匂いをかぐことだったんだが、総括してみるとあまり果たせていない。というか、そんなに重点的にアピールしているわけでもないから、市民も消極的で未熟なのな。(あと春節引きずってるし...。)
まず宋代钧官窑遗址博物馆(钧瓷研究所)、入場無料だが半分以上工事中で、入れるだけ入れて建物は閉まっている。土産店だけオープン。何気に「ショッピングセンター」て日本語ついてたけど。未完だな。本来計量の道具だった钧瓷が宋代より芸術の一つとして珍重されるようになったらしい。その辺の歴史の展示でもあるのだろう。推測。しかし、研究所が91年創設なのにな、全部真新しい。けど、やる気がないみたいだ。ウム。
少し南に下がって白吉馍で休んで、西大街を西へ西へ。少し行き過ぎて迷ったか。でも护城河を渡ったとたん、泥土壁の家々に豹変したので、なかなか面白かった。これが本来の鎮の姿なのよ。にしてもこの町、想像以上に広い。歩くだけではやや苦しい。そうそう苦労してたどり着き探し当てた钧瓷窑炉博物馆(現在も稼動する钧瓷工場の一角にある展示館?)は怪しい人扱いされて「あっち行けポイ」されて終わった。ヒデェ。我想看看、我想看看*1。どうせマイナー路線だから、あっただけ良し、あっただけで。(护城河南辺沿いに钧瓷の専門店が1,2軒あった。)
バスを降りたときから至る所で売られていて気になっていたドロドロ馍(凉粉の白吉馍みたいな)をどうしても食いたくて買った。馍でないのは开封の鼓楼でも見たことがある。が、この形のははじめて見た。许昌でも見なかった。意外と辛かった。ぎゃー。(外見そのまま「火烧夹凉粉」というらしい。)
県級市のくせに汽车站が3つぐらいある。地図と実際とで第一、二、三が一致しないが、市長途汽车站が第一と思われ、一番しっかりしているように見えて実は售票处が機能していない。誰一人切符を買わないで奥へ入っていく。結局乗降口で金額を支払うだけなのらしい。下車した第二(地図上は第一)も同様。県レベルの汽车站といえば梁山を思い出すが、国慶節だったからか、機能していた。良い街な割に気が抜けている。第一と第二を何度か往復しても乗車の要領がつかめず、郑州にも许昌にも行けない不安。システムが同じなら外も中も良いだろう、と第一の門外で客引きをしていた郑州行きイヴェコに乗車。これがウンコで30元も取る。1.5倍かよ。まぁ実は高速だったので、所要1時間半で总站に着いてこれも有りだと思った。うるさい警笛を聴かず、滅多に車のいない高速をぶっ飛ばすのも乙。
二马路站では喧嘩も含めて長蛇の列を並んで待ったおかげで、同站前のザーサイはさみ馍を初めて食うことができた。200元も出して数十人の开封票を買う者を見た。ギャ。帰りも乗車率150%は超えていた。呼吸ができない。相国寺站にはタクシーも三輪も一匹もいなかったので、书店街まで歩いて三輪を拾う。22時頃帰着。

(map:禹州钧官窑遗址)

*1:当時のテレビドラマにあった「回家看看、回家看看」って歌をもじったもの