南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

信濃路の旅 1:静岡丸子宿・岳南電車、山梨下部温泉

はじめに

コロナ禍による海外渡航不可という逆境を、貴重な国内大型企画に打ち込める機会ととらえて一昨年の四国一周に匹敵する旅行を計画。GWではできない青春18きっぷフル活用もポイント。当初出雲地方が有力だったが、近年東日本が手薄であることからいろいろ練り直した。その結果、JR身延線小海線大糸線乗り鉄して糸魚川に抜け、富山へ移動して高山線を一気に南下して帰る、いわゆる糸魚川静岡構造線をイメージし名付けて「中部日本ダイナミクスの旅」を考案。「山の日」を含む日程にちなみ、3つの日本アルプスすべてを鉄道でぐるりと囲むような行程に。折角の18きっぷ旅だけに目いっぱい乗りまくろうという想いが噴出した。ところが先日の豪雨で高山線が複数箇所にて寸断、復旧に相当日数を要するとの報道があり、随所代行バスでは高山線完乗の意味がないとの考えから急きょ日本海側を割愛した*1。さらに大糸線だけを乗り潰して往復するにはとくに南小谷以北の運行本数が乏しいことから、長野県内で旅程を収めることになった。こうして中部日本では大げさとなり、メインの信州でシリーズ名とした。
「(旧国名)路の旅」シリーズは吉備路、甲斐路につづき三つめ。面積を比すれば他2つのように1泊で収まらないことは承知いただけるだろう。甲斐路でも一部埼玉県に抜けたりしているため、必ずしも旅程すべてが信州に収まるとは限らない。初日は信州に入ることすらなく、静岡と山梨で完結する。これは元々休日乗り放題きっぷ(青空フリーパスの静岡版)を利用した日帰り旅で計画していた「駿遠横断の旅」を盛り込んだためである。また今回の企画は、割愛した高山線もふくめ過去の旅行をオーバーラップする要素が多い。それぞれの前回やり残したり思い残したりしたことを埋めていくような設計にもなっている。回想と補填を楽しみつつ、小海線大糸線など未知のエリアへも足跡を広げていく。

静岡&山梨へいざ出発!

朝6時出発。アパートからは上小田井経由で名駅に出るルートが最も効率よいことになっている。名古屋市民ながら、18きっぷ名古屋駅で日付入れるのは初。コロナ禍只中の休日早朝ということもあり、ホームや車中の人影は疎ら。東海道線の浜松以東は10何年ぶりかということで注意していたら、磐田~袋井間に御厨(みくりや)という新駅を発見。今年3月開業の請願駅ということで、磐田市編入されるまで当地にあった村名からとられているそうな。名古屋から富士辺りまでの区間をしばしば利用するようになってから誕生した新駅としては5つ目になる。ここしばらく乗らなくなって、名古屋からの約3時間が随分重く感じられるようになったな。

丸子丁子屋とろろ汁

本日最初のイベントは東海道丸子宿の名物、丁子屋のとろろ汁を食べること。これは嘗て、母らとの山歩きを回避して一人丁子屋を訪れたが、とろろ飯ぐらいワンコイン程度で食べられると思い込んで座敷に通されるも持ち合わせに見合わぬお品書きに愕然とし、苦し紛れに400円ぐらいのすり芋饅頭(か何か)を頼む。周りの客がとろろ汁の御膳を楽しむなか肩身狭い想いで食べていると、店員さんが1杯のとろろ飯(1000円だったと思う)をそっと出してくれたのだ。思い違いの財布事情と心情を察しての心遣いが非常にありがたく、いつかきちんとお金を払ってとろろ汁御膳を食べるべきだと誓った。
chojiya.info
コロナ禍の最中ではあるが、本年度の「日本遺産」登録が報じられたこともあり客が殺到することも予想された。ホームページ上にはこれといった入店制限や予約の案内は見られなかったので、開店ちょうどに着けるようスケジュールを組む。最寄りの安倍川駅から川沿いを歩くこと30分程度と記憶していたが、それは高校生ぐらいの足でのこと。いま経路検索すると、川沿いほどは弯曲しない旧東海道を含む街路を歩いても40分はかかるらしい。これもちょっと読み違い。概ね検索結果よりは速足だけど、暑さにいくぶんエネルギーを奪われて正味40分。はじめて歩いた丸子の宿場町跡は面影こそ残るが、車の激しい往来に落ち着かない。
丁子屋軒先はすでに長蛇の列、店員さんが予約者らしき名前を読み上げて優先的に入れているので一瞬焦った。しかし店頭には一切但し書きがないので、どうやら開店の11時より前に並んでいた客だけ人数と名前を記帳させており、ちょうどに着いた者よりは優先させているようだ。大人しく並んでいると15分ほどで座敷に通された。この混み方とソーシャルディスタンスを考慮すれば全く無難な客捌きだと思える。寧ろこの時期に、アクセスと喫食合わせて3時間で収まると算段するほうが甘い。客同士の間合いを十分とったテーブル3つの個室で、極力迅速な給仕が行われる。今回初めて1階の奥座敷に通されたことで、丁子屋が斜面に建ちまるで迷路のように複雑な造りになっていることを知る。さて、待望のとろろ汁御膳(1540円)をいただく。

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丸子膳(松)

とろろ、麦飯、吸い物、香の物。ようやく身銭をきって賞味する丸子のとろろ汁。御恩も返すことができて、誠に感激ですよ。麦飯でお腹いっぱい。

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丁子屋外景

帰りは水神社まで川沿いを散策。

岳南電車

富士山を間近に望める電車として、東京方面へ向かうときはずっと意識はしてきた。一番チャンスに接近したのは大学4年時のゼミ合宿が行われた富士河口湖への往復の際だ。中央線を特急で移動する他のゼミ生とは完全別行動をとり、独り青春18きっぷで御殿場から向かった。当時富士急グループ傘下にあった岳南鉄道は、ゼミ日程を終えて帰途時に富士急も乗ればセットになると目論んでいたが、結局そんなゆとりはなかったばかりか本来のバスや電車を乗継に失敗したりしている*2。全長10㎞たらずのミニ鉄道ながら、長らく手が届かないでいた。
出発前のスケジュールでは東海道線吉原駅にて短時間の接続を確約していたが、丁子屋延長により安倍川を30分遅れて発つことになり吉原で20分ほど待つ羽目になった。時間を持て余すので急きょ行程を変更して、次の東田子の浦から真北へ約40分歩くと岳南電車の終点岳南江尾駅へ行き着けることを採用。距離と熱中症はやや懸念されたが、晴れてたら富士山目指しながら歩けるから楽しいだろうと踏んだ。岳南電車の一日乗車券も省けるし。
一番気温の高い時間帯に東田子の浦を降り、山に向かって歩き出す。概ね平らな田園地帯だけに日差しを遮るものがない。数百m先には逃げ水も浮かぶ。若干の勘違いだけどもこの辺りで正面に望めるのは愛鷹山で、富士はその背後やや西よりだ。いずれにせよ生憎山上付近は雲が被さっており、富嶽百景にみるような美しい山影は終始現れない。

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頂霞む愛鷹山

岳南江尾駅は新幹線の高架下近くにあるので、時折往来する新幹線を目印に歩くとおおよその距離が常に読める。きっちり40分でJRと岳南を接続したw ただし今日はそもそも乗り鉄狙いで、見込み違いの安倍川~丸子間も含めあまり歩かない想定だったため、ウォーキング最中は気づかなかったものの靴擦れで脚を痛めていることに後々悩まされる。

岳南江尾駅

岳南電車は近年、「夜景電車」としても注目を集めている。縫うように走る工場地帯のシルエットなんかが人気だそうで、身延線の時間に追われなきゃ待ってもよかったと思う。企画用電車ナイトビュープレミアムトレインが留置され、有志による清掃を受けていた。

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ナイトビュープレミアムトレイン

年季が際立つ通常電車。

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8000形と江尾駅風景

ヘッドマークのモチーフであるかぐや姫伝説についてはのちほど歩きながら語る。
始発駅のため整理券発券機が稼働しないのを気にしつつ、運賃を手元に用意して発車。とかく駅間が短いので、走り出してから不手際してたんでは車窓を楽しめない。尤も、目玉の絶景たるべき富士山も生憎雲被って望めないが。比奈駅下車、江尾より210円。
駅前が工場にすっかり囲まれているのは岳南線が貨物鉄道より成り立ったことを思えばさほど驚かないが、それよりも意外だったのは駅からスグが丘陵地帯だったことだ。工場を抜けると間もなく思いのほか急な登坂が始まったのには全く意表をつかれた。もっと平らな田園あるいは古い宅地を想像していた。富士登山はここからなだらかに始まっているのか。この地形はちょうど当地に伝わるかぐや姫伝説にも関わってくる。今日世間一般のかぐや姫は月に帰ると語られるが、富士に伝わる竹取物語では「富士山に帰ってゆく」とされている。別れを惜しみながら何度も里を振り返ったとされる見返り坂は、今のように人家がほとんどない昔の富士山麓で緩やかな斜面を昇っていく姫の姿を思い浮かべることができる。
そうした物語発祥の地とされる小庭園、竹採公園

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竹採公園

さきの見返り坂のほか、「竹採姫」と刻まれた石碑竹採塚などが鎮座する。

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竹採塚

囲いの道(かぐや姫が富士に昇っていったとされる道)に近接する滝川神社。「父宮」などと呼ばれ、かぐや姫の養父竹採翁を祀っていたとされる。
神社より裏の斜面にあるかがみ石公園かぐや姫が顔を映したともいわれるかがみ石がある。また、この辺りは富士山や愛鷹山からの地下水があふれる湧水スポットが多い。

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湧水と鏡石

水量が豊富すぎて散策路面にまであふれ出し、ちょっと飛び石渡りみたいになる。小さなせせらぎの音が心地よい。

富士かがみ石公園の湧水
気がつけば公園周りの排水溝からも清水が氾濫している。すぐ近くの湧水スポット、イボとり不動尊として有名な滝不動不動明王がまるで滝の水をかぶっているような様から名付けられたという。

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滝不動

こうして豊かな湧水にふれた直後だけに、製紙工場に挟まれコンクリート護岸の中を流れる滝川が少し不憫でならない。クリエイトSDで明日の朝飯を買い*3、沿線歩き終了。
泉の郷 | 富士じかん(マップあり)

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岳南原田駅にて

この先はわりと街中を走る。でもやっぱりあっという間だったw ひとつ際立って感心したのが、中小の地方私鉄には珍しく各駅必ず中国語音声アナウンスが入ることだ。来日外国人の潮流は中国人よりベトナム人に変わりつつあるけれども、非英語アナウンスをどう活用するかは各鉄道会社の裁量次第だ。労働者ふくめ中国系住民が多いんだろうなと。何気ェに比奈~原田間だけ繋いでないけど念願の岳南乗り果たせて満足。
吉原での乗換は3分。終着駅の趣に浸るゆとりはないが接続改札に戸惑い、一瞬JR専用北口を探しに行きかけたが18きっぷ特権で改札機を素通りして跨線橋を急いだおかげで間に合った。一瞬の判断が旅の明暗を分ける恐ろしさを味わった。富士での乗換も3分だが、こちらは車内アナウンスを聞き冷静にゆとりもって身延線へ。

下部温泉

湯治場としても知られ、比較的宿代の安い下部温泉へ目をつけたのは、わりと近年。甲斐路の旅でJR身延線を完乗した際は、夕刻のトラブルもあって身延以北の沿線にはあまり構っていられなかった。半年ほど前に両親が先行で泊り温泉街などの様子を教えてくれたのも影響している。この点は四国の道後温泉とちょっと似ている。
約14年半ぶりの身延線。乗客のほとんどは部活帰りの高校生や、富士・富士宮で遊んできたような若者たちだ。一段と富士山の膝元へ近づくのに、やはり山影は望めない。今回は諦めて、並行する富士川と山並みの車窓を眺めて過ごす。甲斐路のときは桜の綺麗な久遠寺を参拝したあと、JR東海のさわやかウォーキングコースに設定された「みのぶみち」を散策。ところが所要時間を読み誤り、富士川を左岸に渡り波高島駅まで猛ダッシュするも不慣れな土地勘に屈し、予定の電車を逃してしまう。その日は石和温泉宿泊で夕飯も頼んであったためYHに遅れる旨を伝え、正確な到着時間を調べるべく「はだかじま」という奇怪な響きの駅から母に電話する、という珍事件を起こしたのだ。今日あらためて日暮れどきの波高島地区を遠望し、富山橋との距離や富士川・常葉川と富山橋に迫る山に囲まれた島のような地形を知る。下部温泉は次の駅。

下部温泉

駅前徒歩1,2分という好立地の宿、いずみ旅館。駅から1㎞ほど下部川を遡ったところにある温泉街の宿でなくここを選んだのは、料金の安さ以上に朝一で身延線を出発できるメリットが大きい。それでも明日の小海線接続さえ余裕あれば、朝食付きにしたかったところだ。素泊まり5500円(別途入湯税150円)。応対した婆ちゃんはマスク着けてないし、消毒液もロビーの目立つところに置いてない。今夜の宿泊者は二人だけ。その同泊者が入浴しているので食前温泉は遠慮して晩飯へ。
宿の人は駅前の大衆食堂を敬遠し下部ホテルの中華料理店を薦めてくれたが、母お勧めのほうとうを優先したくて前者の丸一食堂を選ぶ。おもむろに店へ入っていくと「外にも待っている人がいる」と半ば追い出すように外へ。確かに待ち客が数名いて、また温泉宿泊客や通りすがりなど案外多くの人が来店する。どうやら新型コロナウイルスの影響で通常より席数を減らして営業しており、また夕飯時ということで呑むお客さんが多く回転よくないらしい。丸子のとろろ汁はまぁ想定内だったが、ここへきて夕飯時の一般飲食店でも速やかに食べられないかもしれないぞ、と危機感をもつ。つごう入店までに約40分、相席でも良いかと問われて通されてから15分くらいは待たされた。相席も向かい合うテーブルの真ん中に飛沫防止のガードフィルムを設けている。それでも料理が来るまではマスク着用を心がけた。甲州名物にこだわり苦労して待った甲斐あって、

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ほうとう

かぼちゃたっぷりの熱々ほうとうでございます。本場ほうとう石和温泉YH以来だね。このときはお土産にも買っている。暑い季節のほうとうはどうかと思ったけど、これがまた格別なんだよね。器によそうときの不注意でうどんが撥ね、汁飛沫が手にかかる小火傷も愛嬌。初日から口福三昧。
満腹抱えてちょっとだけ散歩、メロディーブリッジから山奥の星空を眺める。最近の星空離れと地元より見えすぎなせいか、しばらく方角と形勢を全くつかめず「夏の大三角」が捉えられないというパニックに陥った。方位をGPSに頼る形で落着したが、星空案内人も随分衰えたものだ。
国内旅行企画にあたって温泉を入れることは重要ポイントの一つ。コロナ禍の抑圧感を過ごしてきた今回では2晩連続で温泉を盛り込む。大糸線沿線でも温泉泊を検討し3タテにしようかとさえ思った。コロナ感染防止というより宿泊者が少ないために交代制だが、普段から3,4人程度しか入れない小さな浴場だ。しかし温泉特有のつるりとしたお湯は日頃利用しているスーパー銭湯では味わえない本物だ。癒され方が全然違う。一人で半ば大の字になって悠然と浸かる温泉は堪らないもんである。就寝前なので身体を温めすぎないよう注意しながら、ゆらゆらと長湯をする。露天じゃないけど、川のせせらぎが常に間近で聞こえて心地よい。朝風呂もなく1回こっきりなのが惜しい。
本旅唯一の宿Wi-Fiを活用後、22時には消灯してしまうのも旅ならでは。

信濃路の旅 2:JR小海線へつづく)

*1:7月中に全線復旧

*2:合宿の往路と復路だけ特記しようの巻 その1 - 南蛇井総本気を参照のこと

*3:ちゃっかりおさいふHIPPOにポイントもつけて