南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

一旦バカに戻る必要がある(off)

今日はちょっとお庭(県図書)を散策しに行った。いい本があれば、の軽い気持ちで行ったはずなのに、ヒッジョーに疲れ果てて出てきた。実は今手元にある「反日」関連の本がやや手強そうなので、合間に読める小説なんかあればいいなと思ったのに、行きずりで国際関係の棚へ出向いてしまったのが過ち。しかもその棚にあった『嫌韓流』を看看して興奮してしまった。大学後期からある種の免疫を作ってしまった私は、今率直にこういうものを読めなくなっている。一つ一つの刺激に対して、免疫が対抗してしまうので疲れるのだ。これは拙いと思った。かつて『ゴー宣』を読んだときは、まだ免疫はなく思考もほとんど皆無に等しかった。それはそれでのめり込みやすく、洗脳されるところが大きいわけだが、刺激性の強いものに対しては、まず空っぽのまま嵌りきってみる、感情移入してみることが必要である。そして完読した時点で有体離脱して、もう一度捉えなおせばよい。たとえ刺激や主張が強く、バックボーンがそれに対抗できなくとも、少なくとも最終的には懐柔されないぞという意志さえあれば、捕えなおすことは可能である。可能だったからこそ、今の自分の思想があるのだ。まずは恐れず、また下手に抗わず、相手の罠にかかってみることが大切だ。厨になれ。
ちょっとバカの壁を実感した。
マンガじゃなくて解説的なところで少し興味深い一節を拾ったので、来週中にも帯出する。やっぱ批判本だけじゃ飽き足らないもんな。