南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

中山道―鳥居峠と下諏訪温泉

たった1年半で記事数が追い抜いてしまった河南旅游集に対して、こちらは2003年から続く伝統企画である。が、最近は少し趣向も変わってきていて、JRや中小私鉄の路線乗車制覇を軸に置く旅は下火になり、これまで制覇の際通過してきた駅駅に見所を探す傾向が強まってきた*1。今回もその一例である。
中央線の中津川〜塩尻間には中山道木曽の宿場町がいくつも連なっているが、これを歩いてみたいと以前から思っていた。青空フリーパス木曽福島から木曽平沢までエリア拡大し、大方含まれるようになったので敢えて「18」の期間に、とも思ったが、日帰り入浴に便利な施設が折り返した沿線にない*2。そこで下諏訪に出て温泉を楽しむことにした。下諏訪には入湯料200円からの公衆浴場がいくつもある。

しばらくぶりの電車

近頃自転車での外出が続いて、しばらく電車に乗っていなかった。6時台、まだベルマートは開いておらず、バスターミナルを突っ切ってローソンで昼を買う。中津川まで走る朝一の電車は、聞いたとおり適度に混んでいる。5時半に起床しているのに、車内で眠れなかったのは久々の電車乗車で浮いていたからなのだろうか。逆に、途中で降りなければならない中津川より先の区間でウトウト。ちなみに3分間の中津川駅乗継では、下車地点で跨線橋を目の前にしながら右往左往する愚行があって、感覚の鈍ったことが示される。それでも混雑の中たった2両の車内に自分の席を確保できたのはまだ良し。乗継時間と停車時間で外気に触れる機会は少なく、二の腕が冷えてくる。こんな寒いとすら思うほどの車内だったのに、薮原で降車した瞬間、感じたのは「あぁ涼しい」であった。陽こそかんかんと照りつけているのに、高地の空気はかくも涼をもって我を迎えるのである。南木曽木曽福島など列車全てのドアが開く駅を除けば、薮原が最も下車客の多い駅であった。駅舎が国鉄の風情を漂わせているので、早速モバイルカメラを向けるも、電池の消耗を気遣って身支度のみとする。

薮原宿

降りた客のほとんどが登山装備の面々で、またその多くが鳥居峠への街道を向かう。薮原宿は期待したほど宿場の面影は多くないが、あとで歩く奈良井宿と比べて、その面影の淡さゆえに訪れる者が少なく、閑静で落ち着いた姿を見せてくれる。中世の家屋は度々の火災で焼失したそうだが、そこに近代以降の赴きある屋根が塗り重なって、現代でも観光に浮いてしまわない町並みを形成している。

あまり目立つスポットではないが、火災による延焼を食い止めるために築かれた高堤の跡がある。薮原に限らず、宿場町など家屋の密接するところでは、火災を防ぐため「うだつ」を設けるなど家屋に様々な工夫が施されてきた。が、石組みの垣を作って防火設備とするのは全国的にも珍しいそうである。

さっさと歩けば10分程度の街だが、ほかにも創業幾百年の旅籠や酒造など、面白いものは見つけることができる。また、お六櫛の伝統工芸の技に触れることもできる。

鳥居峠

中央線をくぐると、家屋が鼻突き合わすほどひしめいた急な坂を登り始める。あっという間に藪原宿は眼下だ。薮原宿と木曽川がよく見下ろせるところに御鷹匠跡がある。のちの奈良井側ほど山と宿が接近しておらず、道の傾斜とは裏腹にゆるやかな田園のグラデーションが楽しめる。次第に人家が減り木立が増えてきたと思うと、自然歩道の入口。もともと涼のある里から山中に入れば、直射日光もなくさらに涼しい。かつての中山道を再現したとされる石畳を登りきると、熊除けの鐘が設けられている。これはこの先道中各所にあって、人間様が通ることを先に熊たちにお知らせするものだが、前後から何度も鳴り響くことから入山している人が案外多いことも分かる。鐘と道祖神が目に付きがちだが、振り返ると「中山道」と刻まれた石碑もある。
さすがにサンダルではやばかったな、と思わせる山道が続く。足元を見ると、一応皆さんトレッキングシューズとかいうものを履いておられる。ちょっと山に入るだけだし、整備された歩道なので革靴で十分だと思ったのは、やや軽率であったか?。ま、鸡公山もこれで登ってるし。その年配方と前後しながら登り進める。決して追い越したいとは思わないので、一緒に楽しむ格好になる。森林測候所への脇道も、誰も来ないと思ってお茶にしていたら、「繋がってるよな」と言いながら自分に附いて入ってきちゃうし、何だか案内役のようになっていた。実際、この歩道は何本もの側道が乱れていて、大抵は本道に合流するが紛らわしい。測候所跡地には結構綺麗なログハウスの休憩所があって、恋路峠のように流星観測に使えると思った。さすがにガス台はないが、水洗式トイレと手洗い場がある。電気はつくか確認していない。同じものが鳥居峠にもある。

また、道中水場が豊富である。丸山公園の水場脇に中山道の碑。

御嶽山が望めるという神社と遥拝所。社殿の背後に数多くの石碑や石仏が並んでいる。今は木々が茂って、遠方を望むことはできない。社に掛かった「御嶽山」の古めかしい文字。このお宮さんから峠は間もなくだが、期待していたほど眺望もよくなく、林道が陽射しに照りつけられた暑いところであった。このまま林道をたどれば峠山山頂に至るが、朝が早かったのでお昼にしたいところ。峰の茶屋に抜ける。
 
水場は、先についた年配さんに占有されていたので、道標に従って展望所を目指すも、結局さっきの峠に出てしまい茶屋へ戻る。大小さまざまな陶器が並べられた水場は、涼しさを誘う。昼を食べて、湧水で何度も口をすすぐ。たしかに柔らかな質の水である。はるか先に、今度は奈良井宿の町並みが望める。あんまり涼しくて心地いいのでゆっくり昼寝もしていきたかったが、12時前には発つ。
心なしか、奈良井側は薮原側より暑く感じる。人影も減り、まさに熊とご対面しそうな雰囲気。ゴミかと思うほど鮮やかな色の花に出くわす。

薮原側には見られなかった沢をいくつも小橋で渡る。木曽駒ケ岳が望めるという展望所も完全に高木で覆われていたが、奈良井宿が迫ってきたことを確認でき、また涼の中で一服。落書きで荒らされたあばら屋に、鳥居峠と「恩讐の彼方に」をつなぐ解説が掛かっている。「恩讐の彼方に」は読んだことがないが、青の洞門だったはずで鳥居峠にも関わりがあるとは思わなんだ。革靴では一番難所だった地蔵坂を下ると、ふたたび石畳。これは里が間もないことを示している。

奈良井宿


奈良井はかつての宿場町としてしっかり観光地化されており、お盆休みということもあって相当な人出だ。町の各所に大きな駐車場や道の駅があって、人々が湧き出してくる。塗り物の産地として知られた奈良井は、高山なみに当時の町屋が残され、伝統工芸を販売している。観光のためか道幅が割りと広めで、ズーム力の乏しいモバイルでは路面ばかり目立ってしまう。それでも北へ進むほど道は狭まり、趣が出るようになった。人と車が多いせいか、薮原よりずっと暑めである。あちこちに氷や蕎麦の文字がはためいており、今日は良く売れるだろうと。塗り物の商家も今は蕎麦屋さんに。いつものように資料館などを覗いてまわりたかったが、案外時間が足りなかった。
 
電車まで残り10分。「木曽の大橋」を見に行く。橋脚のない、檜を組んだだけの太鼓型の橋である。山梨の猿橋と同型。これは観光用に復元した匂いが強く、さして見るものでもない。アーチの半分まで渡ってすぐ戻る。

写真はいい出来だ。

諏訪湖花火の客に混じって

本数も車両も少ない中央線は、奈良井での乗客を合わせて更に満員となった。しかし、これはお盆の休日という理由だけではなかった。塩尻で14:17の列車に乗り換えようとしたところ、14:08発の臨時列車上諏訪行きがあった。はじめ、団体客用かと思ったが、既に松本から到着していた同電車はかなり無差別に乗っている。車内放送によると、諏訪湖花火大会のため順次臨時列車を運行しているとのことである。おかげで、スムーズに乗換できたのは幸運だったが、岡谷と下諏訪で物凄い途中乗車の嵐があって、降車すら大変であった。わざわざ名古屋方面から花火のために宿泊を伴って見物に来ている人も多く、とても諏訪湖周辺からのアクセスのみとは思えないほどで、15分ほどの間隔で上諏訪行き臨時が出ている。飯田線の発着番線も変更されるほど、花火優先である。塩尻、下諏訪では本日限定の往復切符を駅前で発行しており、磁気切符でないため改札誘導も大変そうであった。

諏訪大社と菅野温泉

下諏訪の駅前通りは軽快な音楽が鳴り響き、観光客を迎える。市内各所に庶民的な温泉銭湯が点在する下諏訪は、その温泉町の性格に合った素朴な町並みを形作っている。11時半には昼をとってしまったので、空腹が襲う。大社通り交差点で一休み*3。坂道の突き当たりが諏訪大社

大きな観光地図に、日帰り入浴できる公衆浴場が示されている。宿場町をぐるりと一周して、入る風呂を決めてもいい。手を清めて、参拝。本殿に張られた巨大な注連縄が印象的。

市内の観光区域はそんなに大きくない。中山道甲州街道が交わる碑を見て、宿場町に入る。現代でも営業する旅館がいくつか並んでいる。中ほどの側道を右へ潜ったところに、青塚古墳がある。諏訪地方唯一の前方後円墳だが、誰の墓かなど未知な点が多い。古墳の方形が接する道路に出ると、もう観光エリアの北端である。坂の下に「旦過の湯」が見えたが、やっぱり母に紹介された菅野温泉に行くことにした。駅に近ければ近いほどゆっくり入れる。
大社通りの北東角付近から北へアーケード状の通路がある。中には風呂屋以外、一つも商店がないという不思議な通路である。内部がまた古めかしくって、下駄箱から番台、牛乳の自販機、脱衣所、そして浴場まで、全くもって一世代前の銭湯であった。

番台で金を払おうとすると、券を買ってこいと言う。牛乳の隣に券売機があって、220円落とし込むと札が一枚出てくる。これを番台に「返上」すると入場。浴場は、そのど真ん中に湯の池が一つあるだけ。ジャグジーも水風呂もサウナもない。まるで古代ローマの浴場であった。一世代どころでなく、紀元前である。壁にはタイルのモザイク画が描かれ、富士山と松並木のような定番さを超越している。湯はやや熱めだが、時間はあるので時々体を冷ましながら堪能する。それでも30分もいれば茹で上がる。そんで湯上りには100円の牛乳一瓶が旨い。極楽。

帰路

16:28と思ってたら16:21だった帰りの電車。余裕を持って駅に行って良かった。下り線の電車は空いている。今度は塩尻で30分ほどの待ち時間があって、次々と発射される臨時電車を見送る。特急も臨時便があるらしい。満員のため後発に誘導する駅員が忙しそうであった。
中津川行きも本数の為ある程度混むが、今度も席確保。中国でなら3時間の無座も大したことないのに、今日の3時間は妙に疲れた。だいぶ身体が鈍ったね。

*1:たとえば大紀町下車の旅など

*2:たとえば南木曽駅からシャトルバスの「木曽路館」は、塩尻方面からの電車とバス時刻が合わない。また、野尻駅から約2kmの「フォレスパ木曽」はやや遠いし高い。

*3:このスクランブル式交差点の歩行者用タイムが短すぎる。高齢者など半分も渡れないと思う。観光地として改善求む。