読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

周口(Zhoukou)鹿邑(Luyi):太清宫,老子故居

河南旅游集

开封帰郷旅行の寄り道企画。もともと留学中に商丘経由の日帰り旅(沿線から離れた観光地を鉄路利用で往復する試み)として計画。帰国後は商丘第2Rツアー(北京起点)に編入、亳州から入り商丘に出るか睢县(Suixian)に渡るルートで設計。今回の目的は开封に帰ることで観光は二の次だが、それでは河南旅游集が沈黙してしまうので移動効率の良い寄り道スポットとして選ばれた。亳州-鹿邑間は約30キロで开封-朱仙を参考に所要1時間とみて、午前中には着ける。鹿邑の見所は太清宮(县城より東約5キロ)と明道宮(县城内)で、余裕があれば市内の趣ある道を探索して*1汽车站付近に一泊。翌朝早く商丘に出て昼前の列車で开封へ、というのが当初の理想行程であった。

到亳州

上海火车站2012より続く。)
このK8366次は前回の阜阳行き8486次よりハイペース。3時には南京に着き、合肥でもまだ夜明けは感じぬ。南京までに一通り埋まって合肥で吐き出され落ち着いた。北進になって白み始めたが、車窓一面の霧モヤに今日の天候を憂う。前回と同じく車内で安徽人たちの談笑を楽しむ。鉄道の話、地元産業の情報交換、気軽に聴きながら听力を回復させる。残念ながら今回朝飯販売は回ってこず。値下げした売れ残りを狙ってたのだけど。走るほどに开封へ近づき気分高揚。
それにしてもこの列車、思惑よりペースが早い。亳州11時前到着のはずが1時間早くなりそう*2。そこでふと思い付いた。鹿邑に泊まらず夕方から深夜までに开封へ着けないだろうか。商丘-开封の夕刻時の列車は多いし、このトリップの成立は开封からの日帰り可能性の参考になる。〔変更イメージ:鹿邑(16-17時台)→商丘(18-19時台)→开封(今日中)〕 开封滞在時間を二日半から三日間に拡張でき、同地での摂食機会も増える。2年半ぶりということで、つい焦りというか我慢できなくなった。しかし結果的にこの先手の発想が帰郷旅行全体の成功につながった*3

亳州から鹿邑へ


10時に亳州着、使用済み切符は確保。広々とした駅前広場の外寄りに巨大な曹操像がある。ここ亳州は曹操と華陀の出身地で、所縁の見所もある。汽车南站より鹿邑行きのバスがあると確認してきたが、駅を出ると目の前で鹿邑バスが客引きしている。こりゃ幸い、余裕だぜッと思って便所と朝飯を探している間にバスは発してしまい、二度と現れなかった。この失態のせいで2時間ほど亳州市内を無駄歩きすることになる。ともかく朝飯に卷饼?を2つ食ってから公交7路で汽车南站に行ったが、售票处を介さない直乗りに気後れして他の汽车站を探しながら公交を3路線ほど乗り継いで彷徨った。結局もとの南站から鹿邑行きに乗ったけれども、あんだけ市内を巡ったのに先の曹操像しか“らしい”ものがないのは何故だ?*4 バスはターミナルを出ると鹿邑とは真逆の東方へ走り、外環路を時計回りにバイパスして国道311号線に至る。運賃は南站から10元、ここ*5で乗ると8元になる。火车站に居たのは偶々か。
補助椅子まで使って満席のバスは国道をぶっ飛ばして、程なく省境を越え周口市内へ。寄り道企画に鹿邑を選んだ理由の一つ、周口の地を踏むことは達成された。これにより河南省内で通過もカスリもしていないのは济源市だけになった。途中、右手に今日の観光目的地、太清宫を見止める。事前に車掌に言っとけば下車もできるが、城乡公交に乗るのも楽しみ。县城中心部に入り皆が降りるのに倣うと、空になった車両はそのまま西へ去った。公交どころか右も左も分からない。

太清宫への道

まず汽车站を見つけるべくバスの後を追う。县城の西端に汽车站はあったが商丘行きはなさそう。帰路を放置し、門前の輪タク婆ちゃんに「太清宫」と告げると快く走り出してくれた。途中で運賃が気になり、「扉を閉めよか」の親切ついでに聞いたら「真っ直ぐあんただけを乗せてくから20元」*6。高すぎらぁ、と降りて歩き出す。婆ちゃんは追ってきて「じゃあ、あんたは幾らで良いのよ?」と執拗に聞くから素直に「タクシーでは10元くらいと思ってたからそれぐらい」。なんと婆ちゃんは俺の言い値で了承した。帰りは北站まで送ってくれて往復20元というわけだ。道中そんな営業でいいのかと心配になるほど好意に感謝した。途中で何人拾ったって良い。風がバンバン吹き込んだって良い。激しいモーター音を聞きながら、やっぱ河南だなぁと感慨。
县城内で明道宫の前を通った。日帰り成立の勢いなので今回の見物は無理だ。国道上では一台も公交车を見かけず、三輪を選んで正解。

太清宫・老子故居・老子文化广场

鹿邑は古代中国の哲学者、老子の出生地。ここは本来老子廟であったが、唐の高祖李淵が自らとその家柄の地位を高めるため、老子を李家の祖先とし当地に巨大な宮殿状の家庙を築いた。それがこの太清宫だ。道教文化と宮廷の雰囲気が混在する景点。
入場料はなぜか公示の半額で30元。

景区は大きく前宮と后宮に分かれ、前宮は老子庙、后宮は李家を奉るエリア、その中間東側に老子故居が再現されている。この前宮・后宮間がやたらに長く、景区全体が無茶苦茶広大である。
重修之碑から、
太极殿(神像)、
三清殿とゆっくり見て、その背後に延びる神道を歩みだしたときには、寝不足もあって疲労を感じ始めていた。輪タクの婆ちゃんをあんまり待たせてはいけないし、商丘行きのバスにも乗れないといけない。その辺を踏まえながら、
老子故居、最奥の圣母殿・娃娃处、
そして李姓発祥の地となった「李氏の母」先天太后之墓 を以って全域の見学を終える。所要1時間余り。戻る神道の道のりは耐え難く、观光车の手を借りたいほどであった。
太清宫の向かい側には老子の故事を散りばめた老子文化广场がある。「ちょっと写真撮ってくんね」と断って数分間眺めてくる。
亳州の曹操に勝らんでもないぞ

北站へは地元の少女たちも同乗して満員御礼で走った。婆ちゃんには、よほど日本人と明かして礼を言いたかったが普通に別れた。鹿邑挺好。

商丘リベンジ

商丘行きイヴェコは17時前に北站を発車。運賃18元。日暮れ時の省道をひた走る*7。4年前に訪れた商丘古城*8の南关に当たり、城を東から回りこんで凱旋路を北進、市中を突っ切る。商丘もだいぶ都会っぽくなったねぇ。火车站近くの民生路神火大道口で降ろされたのが19時頃。懐かしいねぇ。4年前は最終バスを逃し、火车票の買い方が分からず、售票厅で寒さに耐えながら一晩明かした苦い記憶の商丘駅。鉄路を乗りこなす今、再び商丘に挑む!! 「身分証が要るのをまだ知らんのかね」と喚く女にパスポートを投げ入れ、してやったり*9。列を離れ購入した切符を確かめて満足感に浸ろうと、ふと時計を見やってビックリ。なんと、改札開始時刻を過ぎてる!! *10 大慌てで进站口に走り候车厅に駆け込むと、「晩点」の表示が。勝ったつもりのババアにヤラれた。〔列車情報:K925次、商丘19:30発-开封20:59着、硬座22元〕
急かされて外で晩飯を食いそこねた。亳州の早饭から何も食べてないので开封までもたないが、売店にはカップ麺と軽食しかない。と、候车厅の中央で烧饼や茹で卵を売る小摊のメニューに盒饭(5元)を発見。今朝車内販売してくれなかった盒饭をこんな形で食べれるとは。おかずは、セロリとモヤシと牛タンみたいな肉の炒め物。いつ始まるとも知れぬ改札時間を気にしながら、床に座って貪る。美味かったー。

一路开封

結局1時間遅れで改札、乗車となった。この列車は哈尔滨発郑州行きで終点に近く、車内はガラ空き。「席みたい探さんでどこでも座れ」と言われたが敢えて指定の場所へ*11。幾度も転寝しては乗過ごしたかと思った。「开封!」と叫ばれ乗降口に急ぐも、相変わらず开封站は入場に時間がかかる。念願の回开封来了!! 使用済切符は手中に。
そのまま住宿の客引きに先導されて路地に入る。駅前では20-30元と言ったのに、それは雑魚寝だから一人部屋なら50元という。ゆっくり寝たかったのでとっとと頷いて就寝。开封の宿代も高くなったなぁ。

(map:鹿邑太清宫)

*1:汝州のように。実際にはあまり街を見る余裕はなかった。

*2:実はオンライン時刻表の読み違いでダイヤ通りなのだが、それでも快速4桁が定刻で走ることは驚くべき。

*3:17日は好天に恵まれたが、18、19と徐々に悪化。友人再会や市内視察に影響した。

*4:汽车南站が駅よりも北にあることからも分かるように、亳州市の中心はもっと北にあるらしい。景点も北部に集中している。

*5:亚珠石油城。火车站より3路公交で来れる

*6:このとき商丘バスは北站から出ていると知る

*7:この道は柘城を経由しない為、河南踏破記録は完全に鹿邑のみ。

*8:[河南旅游集]商丘(2008年02月01日)記事を参照のこと。

*9:パソコン操作を注視すると、身分証の種類一覧からプルダウンで护照(パスポート)を選択するのが見える。

*10:発車18分前購入で記録を大幅更新。

*11:従来なら无座区間だが、空席を埋める售票体制になったのか