南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

青春はガキじゃねぇ!!

しばらくぶりです。革命文以来の長丁場かもしれません。意外とアッサリ行けるかも知れません。今回は、4月の18日に暴走族論をやったのをもう一度参考にしていただけると幸いです。

そこで紹介した、ブラックエンペラー公式サイト内にある、エンペラー放送局で、2,3の動画を見て考えたことであるが、彼らの顔立ちに非常に大人びた感を覚えた。例えば、(動画を直接リンクするのはまずいので紹介だけに留める)「中学生の校内暴力の原因と本音に迫る番組」というのを見ていると、南蛇井は現在20代の初頭であるが、全く同世代と思えるような番長グループの少年たち。少なくとも高校生に見える。一方で番組の始めに出てくる、普通の中学生たちは、南蛇井の中学時代と趣がかわらない。少し大人げに見えた番長たちは、卒業後ブラックエンペラーなどの暴走族に入会する。そしてケツ持ちなど危険な暴走行為で重役を背負うのだ。入会式のシーンで、注釈に〔幹部は17歳〕と出てくる。モザイク状態で見えにくいが、大人と変わらないオーラを感じた。

もう一つ「エビケンらへのインタビュー番組」で、前半に暴走族が集まって騒いでいる場面がある。やっていることは現在のチンピラでも同じなのだが、その表情が違う。インタビュー場面で、ミッキー安川に掴みかかる男の表情は、まさに自分のアルバイト先にいる人間と顔つきが変わらない。もちろん彼らの時代との年月は、およそ20数年。南蛇井すらもまだこの世に無き時代である。しかし、先の〔幹部は17歳〕という言葉や、ミッキー安川のリポートにあるように〔年のころは15〜18歳くらい〕なのだ。すでに南蛇井より年下である。なのに、その世間に対する周知と威圧感を持っている。学校へ行かず仕事をしている、あるいは何らかの手段で収入を得て生活しているからだろうか。そんな奴は今、フリーターというが彼らとは違う。

エビケン自身がそう言ったかどうか番組上では正確に確認できないが、ミッキー安川が『青春をぶつけるためにやってるって、彼(エビケン氏)はいいこと言ってるんだよ』とリポートするシーンがある。青春とは何だ。ガキが無邪気に暴れることか?大人に迷惑をかけて、法を破ってぶっ飛ばすことか。

青春とは大人になる過程だ。恋をするとか、愛情などのために、既成価値や大人の都合に反抗することだ。その中でモノを考え、大人の社会に入る準備を、成り行き上していくことだ。当時の暴走族の少年たちは、「走り」を愛し、自分のマシーンを愛し、自分のチームを誇りに思い、そのために喧嘩を辞さず、当時までの既成価値に対抗していた。だからインタビューのとき、堂々と「青春をぶつける」と言えたのだ。そして、青春を歩んでいる連中だからこそ、その表情が気づかぬうちに大人へ向かっていたのだ。彼らは、少年でなく、青年であった。

それに引き換え、現在の我々。今も周りで暴走や校内暴力、少年犯罪が増えている。ところが暴走は盗難車であり、無免許であり、上納金のための引ったくりや恐喝。何かに熱中し、愛し、本来の走りを楽しむ連中ではない。それは確かに警察組織の強化に伴って、単に警察に追われることが暴走の意義になってきたからかもしれない。しかし、それ以上に彼らが大人に何かを訴えかけるような、そんな強さを感じない、ガキの暴れとしか見えないのだ。だから、後にゾクを抜けても、まともな大人としては自立できない。親になれない。ガキがガキの面のまま、粋がったままこの世を出歩いている。

要するに現在の俺らは、熱くならない人間なのだ。先の公式サイトでギャラリーの蛯澤総長のページを見ると、日本の領土問題に関するコメントなど、愛国にも情熱が注がれている。熱く青春を走ってきた人間の、現在の姿である。ガキ面のまま名目上大人になった俺らには、青春なんてなかったのさ。

もう一度、言う。青春はガキじゃねぇ!!