南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

多々謝々!台湾の旅 9:台北観光2(中正紀念公園・228紀念館・国立台湾博物館・故宮博物館・寧夏路夜市)

昼間の中正紀念公園

この朝も記録がないが、昨夜買ったフルーツを食べたと思う。天燈節見物をした中正紀念公園を、明るい時間に改めて見ようと思い、地下鉄2駅分歩く。天燈節は15日までと記憶していたけれど、広場はガラーンとしていた。門を含め、全体に白を基調とした公園だ。台北国際空港の名としても使われている中正*1孫文(孫中山)と蒋介石は台湾を象徴する重要人物で、衛兵が守る坐像が置かれている。正面の巨大な紀念堂には、この坐像があるはずだが、一度もお目にかかれなかった。交通不便のため敢えて赴かなかった忠烈祠と、国父紀念堂を合わせた3箇所は、国によって厳格に護られている。靖国神社だけでも波乱を抱えるわが国と違って、多少形骸化の波や神格化に対する批判を受けつつも、政府が率先して紀念事業を厳しく守り継いでいる姿には、敬意を表したい。広い広い藝文広場では、結婚式が執り行われる模様で、美しいウェディングドレスに身を包んだ花嫁の姿を見ることができた。

228紀念館

ここは私にとって故宮博物館よりも重点的なスポットである。というのは、戦中から戦後にかけての台湾と日本との関わりを卒論の主題に掲げたことで、戦後史の大きなターンポイントである228事件を捉えぬわけにはいかないのだ。実際、春休みの資料蓄積課題はこれを主軸におこうと考えていた*2

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228紀念館
本省人が決起を呼びかけたとされる当時の放送局が、現在228事件を後世に伝える紀念館として、無料で公開されている。広島の原爆資料館に入るときのような独特の感情を覚える。その感情と知識欲を汲み取られたのか、今旅行でお世話になった方ベスト3の一人に会う。それが流暢な日本語で解説をしてくれた蕭錦文さんである。小林よしのりの『台湾論』に傾倒し、戦前日本の台湾統治時代におけるインフラ整備や教育普及、産業振興を肯定的に捉えるような自論を築いてきた自分にとって、まさに一人は会ってみたいと思っていたような人物である。幼いころは日本の戦前教育の下で過ごし、今でも教育勅語を敬愛して別れ際にはプリントを我々に配布するほど。そんな蕭氏が、日本の敗戦により台湾が中国へ「光復」し、支配者が日本人から中国人へと変わる激動に直面する。漫画でも見たような「壁に蛇口を差し込んで、ひねったら水が出ないと騒ぐ。水道システムすら知らない。」といった話も、体験者の口から語られると物凄く現実味を帯びる。当時の台湾居住者と大陸からの移住中国人とは、インフラ一つとっても雲泥の差だったのだと彼は話す。そして1947年2月28日、事件は起こるのだ。大陸から派遣された台湾総督陳儀の、財産接収や現状を省みない経済政策に対する不安と不満、それに先に述べた原住者と移入者との見識の差が引き金となった。蕭氏の兄(だったと思う)が新聞社に勤務していたため、事件当時の実体験はさらに生々しい。暴動時の町の様子や警察に家へ踏み込まれたことなど、蕭氏でなければ語れない話もあった。もちろん館内には、日本の統治時代から二二八事件にいたるまで数多くの資料が分かりやすく展示されている。が、蕭氏が補っているのか、紀念館が補っているのか、もはや混乱してしまうほど興味深いものであった。もともと解説の予約をしていたわけでもなく、入館して間もなく往々に集まった私を含め日本人数人に解説をしていったに過ぎない。それでもこの熱心さだ。見学中、後方から笑い声をたてた邦人の娘2人に対して叱り付けるように注意したところも、ちょっと厳しいお爺さんのような古い日本人らしさがのぞく。彼女らはかなり萎んでしまっていたが。事件と戒厳令下の社会を伝えるパネル展示もさることながら、生き証人の心底から語られた事件の悲惨さと戦前日本への深い敬愛が強く印象に残った。今後訪れる方も、ぜひ蕭氏の解説を聞くことをお勧めする。蕭錦文さん、誠に謝謝!!

228紀念公園と国立台湾博物館

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228紀念公園と紀念碑
悲惨な歴史とは裏腹に、公園は綺麗で落ち着きがある。熱帯的な樹木の合間に、中華の伝統建築を模したあずまやが建ち、その向こうに新光三越など駅前の高層ビルが聳える。幾何学的な形をした228紀念碑にて合掌し、収められた犠牲者の名簿(たぶん一部だと)を拝見する。この午前は陽射しも暑さを覚えるほどで、園内の木陰が効果的である。公園を北へ横切ると、ホワイトハウスのような荘厳な国立台湾博物館が現れる。
勢いよく入ろうとして、管理人に止められてしまう。開館は10時で、せいぜい2,3分前であった。ちょっとフィールダウン。台北には故宮博物館、国父紀念館、228紀念館、中正紀念堂と歴史を語る博物施設が豊富であるが、個々の人物や事象をピックアップしたところは多くても、台湾自体を一望する博物館は僅かだろう。寧ろ科学館の様相を呈するような、自然史の展示が興味深い。そういえば公立の科学館ってないな。入館20元。

昼ごはん

昨日の牛肉麺で弾みもついたし、日程最終日だから悔いの残らない食事をしたい。YHへの帰り道、たぶん広東粥と同じ筋の飯屋街で、入ってみたいところがあった。礁渓を歩いたときに、牛肉麺と水餃の看板が目に付いたのを思い出し、ダブルでもそんなに量にならないのだろうと思った。そこで麺ではなくて飯、すなわち牛肉飯と水餃の2本立てに挑戦。物凄い無視されそうな店前で、2回ほど「ニウロウファンホーシュイジアオ」と喚いたら、座って待ってろと。本当に聞いてくれたか心配だったが、心配すべきは量であった。2枚の大皿がぺしっと置かれて、わぁ食いきれるか、と思った。どうも1人前の取り合わせではないようで、少し視線を感じた。牛肉飯は排骨飯と同じスタイルで、チャーハンではなかったはずだ。それよりも印象の強いのが水餃のほうで、青菜を練りこんだのか皮全体が薄い緑色をしている。色合いといい大きさといい、よもぎまんじゅうに近い。この店の特製らしい。この日本のギョーザの倍くらいのが10個ほど、皿に並んでいるのだ。トッピングを誤った気もしたが、緑の風味が絶妙で意外と簡単にたいらげてしまう。ちなみに水餃とはいうものの、ややふやけてはいるが、スープに浸かっているわけではない。気分晴れ晴れ、ごちそうさまでした。感謝。

故宮博物館

胃も心も大満足で一旦YH に帰り、昼休み。そして午後いっぱいは最後の観光地、故宮博物館へ。このアクセスで初めて、台北市バスを利用する。士林まで地下鉄、駅高架下東手付近からバスに乗る。乗務員がいた覚えはないから、運賃15元は料金箱へ。あり難いことに士林始発で終点降車なので、他の心配は要らない。
終着のバス回転場から、博物館は目と鼻の先。「北京の紫禁城や南京の中央博物院に所蔵されていた、歴代中国皇帝の収集した所蔵物など国宝級の精品、約66万点が収蔵されている。近代中国の戦禍を避けて、1つも欠かさず台湾へと移送されてきた。*3」 幸か不幸か、博物館は現在全面改修工事中*4で、館の向かって左3分の1しか公開されていない。規模が規模であるだけに、仔細に見がちな私のとっては3分の一を午後だけでも十分すぎるのだ。

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故宮博物館
入口に来てもまだ遠目に見える博物館の全様を写真にとって、左手へ進む。さすが、世界でも有数の博物館だけあって、限定公開でも100元*5。ただし、改修後あらためて全部見られるようにか、1年以内に2回まで同券で入場できるサービスが付されている。
ガイドブックや図説でも見ても美しい。一つの面に一覧にして眺めることができる。しかし、そこには撮影や描写の技巧がある。一つを前にして、また次の一つに移動する労力を伴わない。改修のために厳選された収蔵品の数々は、眼と体の移動を伴って見るとまた筆舌に尽くしがたい感動を与える。とくに、あの注目の玉の白菜ね。緑があんなに澄んで美しいとは思わなかった。故宮博物館なしでツアーを組むことはできないから、日本からの観光団体が非常に目に付く。とくに修学旅行的な若いグループが多い。これらには確実に日本語ガイドがついているので、うまく混じって解説を聞く。彼らはまた要領よくポイントを押さえて見学していくから、多少コースの参考になる。それでも臨設?の第一展示場で充分時間をとってしまう。本館はさらに奥の億だ。眼はまだ良いけれども、足の方が疲れてきて、やっぱり終わりのほうはルーズになった。
右手には大きな庭園、至善園がある。また博物館が見下ろすような形で、巨大な箱庭がある。一つの宮殿公園なのである。駐車場前にはカメラスポットの孔子。あっという間に5時近くなって、対面の順益台湾原住民博物館は諦め。隣の、台湾各地原住民の形相や、生活風俗などを散りばめた公園で一休み。

新光三越百貨

YHの隣、新光三越の地下にある物産店街でお土産探し。「曾家のもち」だけじゃちょっと物足りないので。駅前の大規模百貨店ということで、この階は土産物店が充実している。最終日だから量はそんなに気にしないが、菓子類以外でと思った。旅行中よくペットボトルで飲んだ高山茶を、いくつか試飲させてもらって買う。もちろん土産用だから、市販のよりは質がいいはずだ。有名なパイナップルケーキは、欲しいと思ったらまぁ空港の免税店でも買えるだろうと。それより切手切手。

寧夏路夜市

その前に、一つ忘れてはならない台北之家台北駅から地下鉄に乗って中山駅で降りるが、夜市とは逆方向の東へ行く。旧アメリカ領事館を改築してオープンしたばかりの、映画博物館のようなところだ。このときは小雨が降っていて、夜市を快適に過ごすための時間かせぎとして立ち寄ったもの。映画・アニメのポスターやDVDが展示してあって、眺めるだけでも面白い。館内には映画館や喫茶店もある。展示以外は少し洒落たムードで、長居できない。
淡水線を跨いでさらに西へ。南北にのびる夜市の南端に着く。今日のテーマは「食に後悔してはならない」である。昼のご飯と餃子が長持ちしているので、軽めでもよい。一通り時計回りに往復して、魯肉飯などのご飯もの屋台も目に付く。台北に来てから自分で買ってみたかった潤餅を、再び北へ戻ったところで買う。3度目にして、初めて自ら手に入れた台湾タコスは美味かった。この潤餅の前に一つ、とてもメジャなものを食って勢いづけにしたのだけど、何だったか思い出せない。そして、何故今夜が他でもない寧夏路夜市だったかという、デザート花生豆花に挑戦。夜市北端の交差点を中心に、その店は2軒ある。これもどっちにしようか迷ったのではない。どっちがスムーズに声をかけられるか、見極めに時間を労したのである。ただし諦めることはできないから、最後は意を決して西の1軒*6に挑む。花生は「ホアシェン」でも「ホアスン」でも通じるようだが、次に温かいのか冷たいのかと聞かれて想定外。とっさに冷たいのと答えて、あとでいいのかなぁと。実際冷たいといっても氷がドバッと載っているわけじゃなくて、「ぬるい」くらいであった。軟らかく煮た落花生の載った豆腐プリン*7。口に含んだときのまろやかさがいい。見回すと、若い人だけでなく近所のおじさんも結構食べていて、伝統的なデザートなのだなと実感。清々しく締めくくって雙連駅から帰る。潤餅のおばちゃんと古早味豆花に感謝。
つづく

*1:当時。中正機場、或いは台北C.K.S.空港。2009年現在は桃園国際空港。

*2:当時。後に指導教授の変更により、「台湾の現代政治史と民主化」へ転向。228事件は国民党政治の始点として挿入。

*3:ポケットガイド台湾、故宮博物館

*4:2006年2月終了の予定が延びていた

*5:目を見張る値段でもないが、大抵はどこも50元程度

*6:ガイドブックにある「古早味豆花」。

*7:大陸でいうところの豆腐脑。