南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

开封朋友との再会結果 2019

前回(2017年11月)
jaike.hatenablog.jp
今回は1年半余りとブランクが短く、また旅前半で携行するのに何かと傷みやすい季節でもあるので手土産は持参せず。また老师などへ特別アポはとらず、前回と同じような再会が果たせれば十分と考えて臨む。前回の手ごたえを受けて一層純粋な帰郷となった感じ。
 目次

会えた人々

期待と予想どおり再会できたのは、夜市伟伟の老板と、毎度おなじみ信阳鸡蛋灌饼店の老板夫婦。ほか、ちょっと懐かしい明伦街市民との予期せぬ対面があった。

伟伟老板

事前に知人のFacebook投稿により、前回2017年帰郷で奇跡の再会を果たした东京大市场付近の外环路沿道から、明伦街と内环路の交差点付近にたつ通称「明伦街夜市」(既存)へ移転してきていることを知る。东京大市场こそ奪われたものの、あの外环路ならまだ粘れると思っていただけに意外だったが、見せられた画像に拠れば城壁外から护城河にかけて再開発が始まり立ち退きを余儀なくされたという。残念ではあるが、前回のように大学周辺を探し回る足労が省けて助かった。
8月13日
ホテルに程近い鼓楼での夜市設営風景を目の当たりにし、体がウズウズして堪らない。北京標準時とのズレか、感覚的には1時間前のように明るい19時小前に明伦街へ赴く。前述の交差点からさして離れない位置に果たして伟伟は営まれていた。いったん通り過ぎて心中感動を味わってから、老板の作業の隙を見て挨拶に行く。いつも顔は覚えていてくれるけど、「今回が初めてか?」と聞くので時々来ていることは刻まれてないらしい。「(先述の知人は)しょっちゅう来てくれるぞ」と嬉しそうに話す。相変わらず元気で笑顔満面だけれど、確かに心なしか老けてはきたw 簡単な近況報告の後は酒食を楽しむ。安全のため塀際のテーブルを選ぶ*1。でもミニバッグを席に置いて、注文票を渡しに行ったり公衆トイレに行ったりと嘗ては考えられないほど無防備な行動をとっている。
さぁ、独り宴の開幕です。

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酸辣白菜と鱼香肉丝
初日は酒食の定番。とくに本場の酸辣は恋しかったからな。炒面も欲しかったけど、肉野菜のバランスをとるおかずの量を考えるとマジで食いきれんから主食はビールのみ。啤酒(牌子は“崂山”)は最初の注文時に2本頼んで、酔い加減で追加を決めようと思い結果的にやめている(3本目の記憶・記録がないw)。
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今宵のセット
会計は45元。別れ際に「明日も来るね」。最高のほろ酔い。この夜は公交の運行時間に間に合い、10路で鼓楼に戻っている。
8月14日
昨夜が帰郷と再会を歓び噛みしめる日なら、今夜は中国のホームタウンで寛ぐ自分を外に誇示する日といえるだろう。この日は地元で小学校の同窓会があり、中国行を理由に不参加を表明するもLINE参加とされていた。ちょうど都合よく开封滞在日と相成ったので、リアルタイムの実況飲み会交信にしてやろうと密かに意気込む。台風が迫るなか会は決行と知らされ、こっちは既に帰国便欠航の不安を抱えつつも最後の夜を盛大に楽しむ準備をする。日本との時差を考慮しながらも、昨日よりやや遅めに伟伟へ。
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大好物の凉拌黄瓜
やっぱビールにはキュウリが盛り盛りなくっちゃね。
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回锅肉
じっくり菜单を見ながら決められるというのに、全然目新しいものを頼まないというw
ビールをラッパ飲みで喉鳴らしているとLINEが繋がる。はじめて中国に居ながら日本の旧友とライブで通話した。そして、事前に安全面で不安を覚えた、中国での単独行動における公衆での日本語通話を酒の勢いで大胆に敢行した。留学時代から夜市は一般に物騒な場所といわれ、犯罪や傷害事件なども聞かされてきただけに、明らかに日本人と分かる行動は極力慎んできた。中国のホームタウンにすっかり心を委ねてしまっている証拠。LINEは些か繋がりにくかったが、異国にいながら宴をシェアできたことは嬉しくまた興奮した。これなら毎回アウェーのほうがいいなとさえ思う。今夜は後悔したくなくて勢いのままに4本(はじめ2本、追加2本)飲み、さらにホテル帰着直前に汴京啤酒を1缶買っている。伟伟の会計は50元、2晩とも楽しく満喫させてくれてありがとう。老板がくれたタバコを咥え、気障なツラをLINEに配信。尚、この日は終バスを逃しホテルまで夜道を歩いている。

鸡蛋灌饼店

帰郷恒例の信仰鸡蛋灌饼店の老板夫婦。夜市の伟伟に対し、こちらは朝限定なのでちょうど一晩挟む格好で2回会いに(食べに)行っている。
14日朝
8時頃を目安に訪れる。バスの車窓から屋台が見えたときの安堵と歓喜、停留所からちょうど真正面の二人に向かって歩き、目が合った時の歓喜は例えようもない。老板娘は「2年ぶりくらいだよね」と隣の豆浆店の阿姨と確かめ合い、ちゃんと覚えていてくれた。饼の大きさや挟む具とのバランスは前回に同じ。QRコードを用いたキャッシュレスも目に馴染んできた。屋台の内側、大きな日傘の下へ座らせ時折会話を挟みながら食べさせてくれる。饼を食べ終えてから豆浆も買う。ちなみに今日の饼代金は要らないという。
店は夏休みのわりには客足が途絶えないほうだと感じた。しかし老板は、河南大学生の新キャンパスへの移動に伴って客が著しく減ったという。开封市西部の新校区だけでなく、郑州にもキャンパスが創設されたのだから尚更だろう。留学生はどうなんだろう、と尋ねると、まだ老校区だという。宿舎がキャンパス内(留学生楼)でなく、この屋台のある脇道奥へ変わった(昔も下宿はあったようだが)らしく「エジプト人が毎日食べにくるよ」とそこは笑顔だった。売り上げ減はかなり深刻なようで、日本の物価や生活などをしきりに聞いては「日本に連れてってくれ」と冗談ぽく言うのが目についた。
店先に城管の車が停まり、制服姿の職員が気軽に朝飯を摂っていく。彼らも勤務外は普通の人民なんだよなと思うと同時に、何気ない購買行為だが愛想よく対応しておかないといざ取り締まりを受けるとき不利になるのかもな。そうして見ると、たまたま阿姨が店を離れていて城管の豆腐脑をよそっていた旦那さん?は手際悪そうで心配だった。ちなみにこの職員が実際に仕事しているのを、後ほど市内で見かけている。
10時近くなった頃だろうか、1台の電動バイクが店頭に停まりプリントの束を持った青年が老板娘と話している。かつて留学生楼から見た、撤収していく屋台を両親とともに押す小学生ぐらいの少年を思い出し、年齢を考え「あっ、息子さんだ」。今は二十歳ごろ、大学生だろうか。面影は母親によく似ている。しばらくして彼は両親に包子(朝飯?)を買ってきて、私にも1個くれた。ずっと屋台のそばに居ただけなのに、朋友というよりは最早遠くに住む家族のような接し方だった。お宅に伺ったことも、お二人の名前すら未だ存じ上げないのに、留学時代に毎朝鸡蛋灌饼を食べに来ていたというだけでこんなに親しくなれるなんて自分でもすごいと思う。また店がひと段落つくと、老板娘とはじめて並んで話をした。このとき初めて「あっ、可愛い顔だな」と率直に思った。以前は斜視が際立っててちょっと気の毒だったが、眼鏡をかけたり治療したのか随分よくなっている。
ほか、老板にタバコをもらったりして、どんどん暑くなってゆくなか結局2時間以上を軒下で過ごす。店じまいする前に、そっとおいとま。
15日朝
台風10号の大阪上陸による帰国便欠航を確かめる前に、別れの挨拶に行く。今日は半ば無理やり4元を払い、店頭のテーブルで豆浆とともにいただく。

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鸡蛋灌饼
いつか日本にお招きし、師匠として灌饼を焼いていただきたい。

文苑超市

これは再会というよりは顔を合わせて「あ、懐かしいな」と思った人。状元楼(旧・後述)の隣ぐらいにある雑貨店の老板。13日夜、伟伟で飲んだ後ほろ酔いで明伦街を歩き、フラリと入店。いったん奥まで入って陳列棚を探していると、「何探してる」といわれ「髭剃り」と答えればカウンター背後を指し「どれがいい」。適当なのを選んで支払うとき、たしかに10年前よりは老けたけど変わらない面影に感慨あり。留学当初からずっと明伦街の同所にあり経営者も変わらない店舗は珍しい。生活雑貨から飲料・軽食まで揃うコンビニのような商店で、三毛などに行かなくてもちょっとした要り様を満たせるので留学中からしばしば利用していた。蓝啤とかはよくここで買ったな。もしかすると老板も私の顔を覚えているかもしれない。一見不愛想そうに見えるけど、薄暗い店内でかけられる声に応えれば意外と親切に対応してくれる。減少しつつある留学生活の残像として、今後も永く営みつづけてほしい。

(ちょっと期待したけど)会えなかった人々

出発前に連絡しないでおいて期待するのもアレだけど、河南大学の老师们。そもそも夏季休暇中で授業もないため、仮にノコノコ教室へ行っても会えない。今回はキャンパスにも入らず、街角でなんかそうそう出会えるものでもない。
吉祥旅社の阿姨。河大文具店の仲介で何度か安く泊めてもらい、家族のように親切にしてもらった。いつもの脇道を入ると下宿を兼ねた旅社は健在のよう。
东京大市场片隅の果物屋さん。もう顔すら記憶にないんだけど、前述の文苑超市みたいに見かけたら懐かしさが込み上げてくるかもしれない。そもそも市場自体が跡形もなくなってしまったし、果物の量り売りもずいぶん姿を消したなぁ。
兰州拉面老板など明伦街の飯処の馴染みの顔ぶれ。前回までに姿を消した人々でも何かの拍子に遭遇できたりしないかとは思う。伟伟だってブランク空けてるしね。
前回2017年の帰郷で一晩お世話になった、漫时光客栈。开封初日、想定していた吉祥旅社に泊まれず火车站近くで夜を明かしながら2泊目だけはと慌てて確約した西郊乡のYHが実は閉鎖しており、隣の同客栈へ声かけたところ「それならこっちに泊まれば」と誘ってくれたのだ。今回はこれらの教訓から出発前にホテルを予約しており、敢えて赴くことはないと思っていた。ところが後述の外国人宿泊不可問題が発生したときは、一時再訪も視野に入れた(詳しくは锦江之星鼓楼店の項を参照)。Booking.comなど主な宿泊予約サイトで検出されないのが惜しいところ。帰郷時代以降に明伦街以外の場所で知り合えた貴重な开封人として、今後も再泊・再会のチャンスを探る。

河南大学周辺の変化

今回は明伦街界隈のみの報告となる。
まずは伟伟のところでも言及した东京大市场(夜市)跡地。いったんは植樹され緑地帯となっていたはずが、再び工事フェンスに囲まれた。

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东京大市场跡地(北面)
後から撤去した南面も含め、护城河全体で再開発するつもりらしい。したがって东环路の河側歩道沿いも封鎖され、最後まで営み慣れた土地近くに粘っていた夜市屋台の店主たちも移転を余儀なくされたわけだ。大市场はもはや跡形もなく消し去られた格好に。

そのまま明伦街を河南大学南門までの沿道も一変した。上の大市场跡地画像で城壁の左手に写る瓦礫の山は、川菜館(火锅専門店だと思ってた)のあったところだ。また、通りの南側を城壁からずうっと南門近くまでこまごまと並んでいた雑貨や生活全般の店屋*2が一掃された。

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在りし日の商店群(百度地图全景2016年6月)
留学中の思い出はないが、2009年帰郷では西端にあった中国移动代理店(言信手机卖场)で10日間のためのSIM卡を買ったとき対応した店員が、その店がちょうど通りの向かいにあったときに私が初めて中国で携帯電話を購入・契約したのを覚えている、と言ってくれてちょっと嬉しかった。また、2014年帰郷でお会いした恩師と食事したのは城壁に近い阿利茄汁面?(麺のファストフード)ではなかったかと記憶している。
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クリアな明伦街步道
そして、商店たちの背後に隠されていた意外な光景が姿を現した。
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阳光湖
今まで地図上でしか存在を知らなかったが、こんな緑豊かな美しい池だったんだ。近々埋め立てて別荘群を開発するともいわれているけれど、こんな穏やかな風景を消してしまうのは勿体ない。

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河南大学南門(2019年版)
夏季休暇中だが、新年度*3に向けて関係者の出入りも多そうだし検問も厳しかろう、と推察して今回はキャンパスに入らず。両側の車両通用口は停止バーが設けられ、中央の歩行者出入口もトラ柵なんか置いて物々しい。中は随分車の走りやすい街路になったと何かの映像で見た覚えがあるが、果たしてどうだろう。

前回は火车票代售处閉鎖のところで言及していないが、かつて状元と呼び親しんだ河南大学系列?の高級饭馆(のちに「博雅酒楼」と改称)がテナントを変え、北纬教育(英語を軸にした英才教育学校??)となった*4

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「状元」跡(河大南門対面)
角地は便利店となっており、内装も改造したらしい。ちなみに画像左端の电超市がかつての火车票代售处。

ついに屋号まで替えられた河大文具店

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旧 河大文具店(紅白の地色は継承?)
親切な阿姨に会えなくなって久しい。开封市内には居るときくけれども、探す手立てはない。

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学友旅社入口
この脇道奥には相変わらず旅社や下宿屋が点在している。入口の目立つところに小綺麗な酒馆が出現。その隣角にあった、开封特産の花生糕や麻辣花生を扱う売店は消えた。横断幕風の看板左端の文言が名残。耳と口の不自由な自転車修理屋さんは健在。

最後に、留学時代からの食事処の一つ、天府快餐。13日昼、好物の宫保鸡丁饭を食べに行く。経営者は転々としても、汁かけ型の宫保鸡丁饭は変わらない。また、看板娘みたいな元気の良い姉さんはとっくにいなくなったが、威勢のいい女性が店を仕切るのは継承されているらしい。新人パートみたいな女性がかなり扱き使われていた。器に僅かな飯を残すと、「不味かったんじゃない」と囁く声が耳に入り、料理を食べ残さない習慣が人民にすっかり浸透したんだな、と。それからこれは开封に限ったことではないが、若い女性や少女のバストがずいぶん目立つようになった。人々の暮らしや栄養摂取が豊かになった証しだと考える。

その他

ちょっと触れておきたい开封人の好意。

锦江之星鼓楼店

旅行中のふとした気づきから急遽泊まることになったホテル。そもそも出発前に予約していたのは7天酒店开封石桥口店で、曹门大街と内环路の交点に位置し河南大学周辺の夜市からもギリギリ徒歩圏内ということで安心しきっていた。ユースホステル(青年旅舍)以外の宿を日本から予約していくのも、一人で中国のチェーンホテルを利用するのも今回が初めてだが、开封ぐらいは到着前に宿を確保して気兼ねなく楽しみたい思いがあった。ところが、济源滞在中にふとした切欠で中国のホテル事情について調べた際、なんと予約済みの筈の7天酒店(7days)は”大陸住民限定”であることが判明。Booking.comでは中国人・外国人を問わず予約受理されてしまうのが原因で、チェックインに際し初めて宿泊不可が判るのらしい。とにかく蒼然として代替のホテルを探した結果、落着したのがこの锦江之星鼓楼店だ。同じ中国のホテルチェーンでも锦江之星(Jinjiang Inn)は外国人宿泊可で全国ほとんどの都市にあるらしい。开封市内にもここ含め3軒ほどある。旅行中非常に焦ったので一先ず安堵。
場所は行宫角(留学生活上でいうと公安局やデジタル家電量販・开封第1号マックの「行宫大厦」がある交差点)。店名のとおり、鼓楼广场は目と鼻の先で毎晩夜景を望めるし、鼓楼および中山路は公交路線が集まり交通至便。今回泊まるまで此処にホテルがあるなんて全く意識したことなかった。いや、地址を頼りにやってくるまで正直半信半疑だったもん。実際1階は銀行とかでホテルエントランスの雰囲気がなく、気づく訳ない。

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锦江之星鼓楼店外観
初めての酒店チェックイン。パスポートを出した途端、「ほら外国人、あなたの担当よ」と別のスタッフに回された。YHや安宿ではスタッフが適当に処理してくれる登记单を自分で記入する。戸惑う箇所は丁寧に教えてくれるし、私がかつて河南大学に留学していたことを伝えると一層親しげに対応してくれた。好感度青天井。
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锦江之星ホテルの一室
十分に清潔でアメニティや調度品なども行き、届き落ち着いたムードの客室。日本のビジネスホテルみたいで、迎賓館を寮として住んでいた留学生楼よりずっと良い。安堵と感動で興奮し、しばし部屋中を跳ね回ってしまう。
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客室から望む行宫角の交差点
ちなみに隣は、开封名物灌汤小笼包子で名高い开封第一楼
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开封第一楼
昼間の外出時はドアノブにスタッフ入室可不可のカードを掛けておくらしいのだが、とりあえず何もせずにおいたら帰室時にはきちんと清掃され整えられていて有難かった。また、ちょうど退房時のタイミングでエレベーターが故障していた際も、復旧するとすぐに男性スタッフがアナウンスするなど細やかなサービスができている。中国の接客にありがちな怠慢や横柄さはほとんど感じられず、極めて気持ちよく快適に過ごすことができた。今後是非とも贔屓にしたい。

杏花营镇

市の南西郊外に位置し开封站の隣駅(貨物のみ)もある町だが、別に観光目的で行ったわけでもなく旅游集記事にするまでもないのでここにそっと記す。じつは西郊商场(城壁南西端)から57路に乗ったところ転寝してしまい、意図せず終点まで行き着いてしまったのだ。はじめは方角さえつかめずバス停の通りを右往左往。商店や施設の名称を手掛かりに、ここが杏花营(Xinghuaying)镇だと知る。留学中に7路を乗り潰して来たことある気がするも全然風景が違う*5。生憎のお昼寝タイム(旧習健在?)で折り返しのバスも来ず、停留所を辿るようにトボトボ引き返すことにした。結局折り返しのバスには恵まれず、宋城路站まで自力で戻る羽目に。鉄路沿いはまだ並木道で救われたが残りはずっと炎天下で悲惨だった。
そんな最中、1台の白セダンが脇でスッと速度を落としクラクションを鳴らしてきた。タクシーなら何の不思議もないが、一般車ではされたことない。歩道も路側帯もない道路では歩行者などお構いなしにすっ飛ばしていくのが普通だからだ。猛暑の中ヒッチハイクしてるのがよほど違和感あったのだろうな。何気ない好意だろうなとは受け止めつつ、ノーリアクションでやり過ごす。谢谢、开封人。

おわりに

第二の故郷ということで心をオープンにしていくからか、河南や中国の他都市よりも人民の親切を比較的受けやすい。旧知との再会だけでなく、次回また会いたいと思えるような开封人との遭遇も新たな楽しみとなってきた。従来の懐古スタイルにこだわらず、こうした出会いも大切にし新しい展開を模索していきたい。

*1:この夜市は留学中、白酒等チャンポンによる泥酔「腕時計ぶん投げ事件」を起こした現場であり、しばしば飲みにきては暗闇で立小便を放った塀である可能性が高いww

*2:個人的な見方では、ケータイ修理やパーツ売りなどの店が多かったように思う

*3:中国の年度替わりはアメリカと同じ8-9月

*4:青い壁面は見覚えがあるので、前回2017年時点で既に変わっていたものと思われる

*5:7路の終着点は杏花营榆园新村で、全く違う方面