南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

時計塔付き鼓楼

jaike.hatenablog.jp
現在の开封鼓楼は2013年に再建されたものだが、1976年まで同じ場所に明代の鼓楼が建っていた(楼閣は国共内戦下の1948年に焼失し、以降台座のみ)。そもそも开封にも鐘楼と鼓楼が対で存在したのだが、鍾と鼓が入れ替わるなどしたあげく一方が損壊されてしまった(場所は現在の省府西街で、たしかに鼓楼広場ほどじゃないが妙に道幅の広めな名残がある)。その鐘楼を喪失してしまった遺憾からか、先代の鼓楼に一時期、屋根の上に時計塔を載せてたことがあるらしい。(鐘も時計も同じ钟)
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上述の鐘楼と鼓楼の関係も合わせて、ちょっと勉強になった。時計塔が乗っかったのは1928年からの20年間ほどらしい。のちに当時の河南省都开封へ侵攻し占領した日本軍も絵葉書にしていることから、この時計塔を肉眼で見たご先祖様がいるってことだよな。和洋折衷ならぬ華洋折衷な異様さに、なんかまるで屋根神様みたいだと思ったのは私だけか。
これらの古写真は何度か見たことがあるけど、時計塔については気に留めたことなかった。チラ読みして、危うく日本軍が手を加えたのだと勘違いするところだった。日本軍侵攻より10年も前に増築されている。また、一連の古写真を順に追っていくと、鼓楼下のくぐり穴の幅で犇めいていた町並みが、土台の幅まで道路拡張されていくのが分かる。現在の鼓楼広場の形成過程だね。そいえば私も古写真持ってるぜ、

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鼓楼がなかった時期のガランとした広場(2009年)

今じゃ想像つかないでしょう?