南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

开封鼓楼

2013年10月に再建され、いつしか开封市中心部のシンボルとして定着。留学時代から帰郷旅行第2回(2012年)までは鼓楼街・寺后街・书店街・马道街の交差点より東方向に開けた広場に過ぎなかった。昼間は広めな公交停留所、夜は市内最大の夜市が毎晩繰り広げられていた。かつて同地には清代に建てられた鼓楼があったが、解放時に焼失し台座も1976年に撤去されてしまった。よって、先輩からの話や博物館の古写真でしか往時の存在を知ることはなかったのだが、今日の観光都市化により再び陽の目をみる形となった。2014年帰郷の折、初めてその雄姿を目の当たりにし驚嘆する(出発前、街景地图にて建設工事中の鼓楼广场を確認している)。
jaike.hatenablog.jp
ここでは都市変化の観点から鼓楼再建を取り上げたが、今回は純粋に観光スポットとして見てみようと。もう3度目になって個人的にも違和感なくなり、一度は登って市街を眺めてみたいとさえ思うように。今旅はひょんなことから毎晩鼓楼の夜景が望める行宫角に泊まることになり、また拠点のバス停も鼓楼广场ということで丸2日間昼に夜に鼓楼を存分に眺めながら過ごす。

鼓楼登楼

日中あちこち観光と視察を繰り広げながら、鼓楼を最後の時間帯までとっておいたのはワケがある。高所から街を見下ろすならいつでも良いが、実は夕陽を見たかったのだ。また、同時に楼下で開幕する夜市の支度を続けて観たいためでもある。
まずは、あらためて外観を。

f:id:Nanjai:20190813183401j:plainf:id:Nanjai:20190814190035j:plain
鼓楼外観(西から、東から)
広場ぐるりと商業施設に囲まれた全体像がよく撮れていると思う。こうやって鼓楼を俯瞰できるようになった証拠。
登楼口は南側にある。東向きバス停留所から、二輪車・公交専用通道を気を付けて横断すると入れる。ちなみに一般車は楼の手前で分岐して下をくぐる。なお、西向きは楼の北側に二輪車・公交専用通道があるが、一般車は鼓楼・寺后街自体が東向き一方通行のため楼をくぐることはない。ともかく、
开封滞在2日間で唯一入場料を払うという観光らしい観光をした。今旅全体で見ても济源济渎庙とここだけという少なさ。窓口に表記がなく、イマイチ聴き取りづらかったので百元札出したら怪訝な顔されて釣り確かめるとたった10元だった。再建から5年以上経て、初めて登る鼓楼。
f:id:Nanjai:20190814182950j:plainf:id:Nanjai:20190814183054j:plain
二楼から望む夕陽
寺后街の上空に映える落日。明清城壁内にはまだ高層ビルはなく、鼓楼ぐらいに登れば夕陽は望める。狙いどおりの絶景。
f:id:Nanjai:20190814183122j:plainf:id:Nanjai:20190814183201j:plainf:id:Nanjai:20190814183248j:plain
南、東、北を順に望む
見慣れた風景も視点を変えるとこうなるってわけだ。
二楼はほぼ台座の上って感じで、本格的な鼓楼建築はここからさらに上だ。
f:id:Nanjai:20190814183532j:plain
三楼への階段途中から望む鼓楼街
さっきは街並みの中から眺めていたのが、屋根より少し高い視点になった。通りの少し先まで見通せる感じがする。
f:id:Nanjai:20190814183744j:plainf:id:Nanjai:20190814184004j:plain
三楼から望む夕陽
二楼より空が少しだけ広くなったね。
f:id:Nanjai:20190814183611j:plainf:id:Nanjai:20190814184147j:plain
三楼に鎮座する大太鼓と、煌びやかな梁の装飾
太鼓は随便に打つことができる。
f:id:Nanjai:20190814184416j:plainf:id:Nanjai:20190814184448j:plain
ふたたび二楼より寺后街、书店街各方面
清明上河园などの主要名所と違って騒がしい観光客もおらず、心ゆくまで美景を堪能できる。

夜市風景

夕暮れの鼓楼广场

楼上で寛ぎすぎ、あやうく开封の名物イベントを見逃すところだった。というか、これは楼上から撮っても面白い光景だとは思う。地上に降り立って間もなく、ただならぬ気配を察知して動画撮影。

IMG 1989
午後6時半過ぎ、鼓楼街の路肩や商场后街などの路地に潜んでいた屋台の群れが一斉に毎夜の持ち場へ向かって走る様子。バスなどの往来に迷惑かけないよう、ほんの2、3分で瞬く間に行われる。かつて一年半もこの町に住みながら一度も拝んだことのない、夜市の都开封にとって欠くことのできない貴重な一瞬の光景である。台車に統一の櫓がつくようになったのは、城管による規制が厳しくなり公認されたものしか営業できなくなった頃からだろうか。夜7時近くなっても尚このように明るいのは北京時間との実質的時差だろう。
屋台が曳きだされる前の屋外宴席準備風景をふくむ夕暮れどきの鼓楼广场。スチール製の簡易テーブルとイスだったのが、ちょっとシャレた木製に代わっている*1

f:id:Nanjai:20190813183523j:plainf:id:Nanjai:20190813184453j:plain
鼓楼广场南面
商業ビルの横にそびえる一見不気味で不似合いな仏教建造物。私も時折地理的にピンとこずギョッとしてしまうが、細長い境内をもつ大相国寺の楼閣资圣阁だ。相国寺の北端と鼓楼が隣接している証しとして繁華街に仏閣が映り込むわけだ。そもそも寺后街という名は、(相国)寺の裏の道という意味だ。通りに面した商業ビルが寺を隠しているだけなのだ。

鼓楼の夜景

二晩にわたって撮り集めた宵の街をとくとご覧あれ。

f:id:Nanjai:20190813205743j:plainf:id:Nanjai:20190813205810j:plainf:id:Nanjai:20190814223336j:plain
鼓楼ライトアップと楼下に煌めく夜市の明かり
f:id:Nanjai:20190813210048j:plainf:id:Nanjai:20190814223453j:plain
大宋戏楼前
在学中、ロシアンの金持ち息子と开封名物の灌汤包子を食べたのはこのエリア。そのあと书店街口のタバコ売りから最も高価な外国タバコを購入。往復の三輪タクシーからすべてヤツの奢り。じつはこれだけ开封を愛しながら鼓楼夜市の思い出は2,3回しかなく、どんな店があるかも詳しくは知らない。南面の振河商业城前で一度飲んだときは流しの女の子に一曲弾いてもらったことがある。
f:id:Nanjai:20190814223646j:plain
振河商业城と南側の屋台群
f:id:Nanjai:20190813210105j:plainf:id:Nanjai:20190813210207j:plain
寺后街の古風建築と路肩の屋台たち
ちなみに鼓楼を取り囲む商業施設群の中で、留学時代(10年前)と一変したのは実は大宋戏楼(広場北東面)だけ。古いものに躊躇いなく大改造を施してしまうイメージのある中国だが、意外と広場の外観は豹変してない。

こんなにつぶさに鼓楼广场を眺めたのは初めて。鼓楼が再建されたことで、あらためて広場の風景を振り返ったり再考したりできて見過ごしてきた魅力に気づくことができた。市街地がどんどん拡大する時代にあっても、古都のシンボルたる鼓楼とそれを取り巻く街、そして毎日絶え間なく営まれる夜市により开封の中心地の座を譲ることはないだろう。

map:开封鼓楼

*1:スチール製は鼓楼以外の夜市でまだ見かける