南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

徐州スイッチバック

地球の歩き方』を眺めていると、当たり前だけど、Access交通欄の鉄道項に高鉄案内増えたなぁ。快速や直達はおろか、動車組すら肩身狭いくらい圧倒してるもんな。わずか10数年での高速鉄道網整備には目を瞠るものがある。
初めて中国河南を訪れた2007年頃が、ちょうど高速鉄道整備の草創期にあたる。その年の秋、まだ生活に慣れたばかりの頃、上海と郑州が动车组(日本の秋田・山形新幹線と同じ、在来線上を走るミニ新幹線)で結ばれ、途中駅の开封から上海まで6時間半で到達できる快挙を成し遂げた。当時夜行の快速列車で12時間前後かかっており、所要時間を半分近く短縮する画期的な交通手段として喜ばれた。約1年後に上海から开封まで乗り、チベットの天然水を記念品にもらったりした。このときには上海から南京までが専用線に移行しており、最高速度で運転。河南へ近づくにつれ減速していくのが妙に面白かった。
次にこの区間を动车组で移動したのは、さらに1年後の2009年秋(行先は逆方向)。目新しさはなくなり、だいぶ定着していた。
さて本題は3回目、2012年春の开封→上海だ。このときは既に京沪高铁が全線開業しており、徐州から上海までが専用線となっていた。また、終着点は上海から上海虹桥へ変更され、所要時間も約30分短縮の6時間と改良されていた。
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このとき在来線共有区間専用線区間の境界、徐州で面白いことが起きた。河南からやってきたD列車はまず徐州に停車。次に真新しい高铁站の徐州东へ入場すると、乗客が一斉に席を立ち座席を回転。なんと徐州东で進行方向が変わるのだ。新幹線がスイッチバックするなんて初めてだわ。当時実際に何が起きていたのかふと知りたくなり、地図に描かれた線路をなぞって運行ルートを考えてみた。

徐州市内の动车组走行ルート(推定)

なるほど、こういう風に連絡線を辿っていたのか。そいえば徐州站の前後だったか、新幹線には全く似つかわしくない下級駅の傍を徐行したのを思い出す。ちょっとちぐはぐな接続はありふれた話だけれど、実体験は印象に残るね。
このように専用線区間がしだいに伸びてきて、动车组から高铁へと発展してゆく過程を実感してきた。今や郑徐高铁も開通し、高铁専用駅开封北站も開業して上海~开封間が悲願の高速鉄道1本で結ばれたのだから、一番縁のある区間を利用してないのは些かもどかしい。