南蛇井総本気

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

底なし族の行く先

松竹梅一升分と月桂冠一升分を呑んで倒れた大人約5名。

顔に出ないからといって、調子に乗りすぎてどんどんお燗していったらやり過ぎ家庭教師。弱冠「20マイナス1」歳が参加したために、祖母の気が大きくなりすぎたのが原因とも言われている。叔父と母と祖母が宴の直後に倒れた。私はまだその時は比較的健全であった。ので、従姉妹たちと遊んでいたのだが、夕飯の時刻になっても先の3人は動けないため、「20−1」と父と祖父が中心で、近くに食べに行くことになった。私は急に人が居なくなって不安になって酔いがアップしてきたため、軽いものでも食おうと無理に付いていったのが後日に至る災いの元となったらしいと母は分析する。皆に合わせてきしめんを注文した私は、その大半を食い切ったところで吐き気を催し店の外に出た。頭を冷やし、側溝に伏して戻そうと試みたが、さすがに一家庭の前でげーげーはやれないという理性が冷静に働いてとまった。ので、店の看板に摑まって只管頭を冷やしているととり合えず治った。熱いところで温かいものを食べて、酔いがぶり返してきたんだ、と父は言う。涼しいところ(ほんとは寒いんだが)に出て、気分よく帰ったところでまた眩暈がしてぶっ倒れて、結局先の3人と同様になった。横になっていると、余計に気分が悪くなって、起き上がった途端に排た。それでも一瞬吐くとその後は何でも無かったように頭も働くし、まともな事も喋る。ただ6時より前ほど気楽にトイレに行くような身体ではなくなった。祖父の唱える浄土宗の読経を聞きながら気分を抑え、古畑任三郎を観て寝た。夜中に何度も目覚めて吐き気と胃腸の異常を感じた。