架空鉄道KaifengLRTの汴京公园-学院门間0.96kmに中間駅の必要性を検討。設置候補に当たる内环路との交点は、リアルには汴京桥という名の公交停留所がある。しかし、ここに実際橋はなく納得できない。かといってこの辺りの地名も知らず、「内环路」は他の地点でも交差するので使いにくい。汴京桥といえば、学院门にある中国銀行の支店を汴京桥支行といった*1。一体この汴京桥とは何ぞや?
ということで昨晩少し検索してみると、
1.原来这里是有桥的----汴京桥 - 纪录开封 - 开封宋韵网:「もともと此処には橋があった」・・・1970年代?の画像。渡るバスは旧式だが、橋自体はそんなに古そうには見えない。
2.随文化拾荒者看风景_跬步的BLOG_新浪博客・・・こちらは更に詳しい。开封市内には州桥、石桥口といった橋のつく地名が多いものの今は実際に橋が存在しないことを指摘し、汴京桥を取り上げている。以下要約。“汴京桥は惠济河をまたぐ橋で、元々は木製であったが、1930年に改修し穆家桥と名づけられた*2。惠济河は城内東部を南北に流れ、汴京桥より北には石桥口、南に下ると惠济桥という橋があった。1980年代半ば、この河は暗渠化され地上に内环路が造られた。(陳列画像の3枚目は石桥口、最後のは惠济桥だそうな)” なんと!我が地元の大幸川と砂田橋みたいな事情だったのか!!
3.惠济河_百度百科・・・問題の部分は本文3行目、龙亭湖(潘家胡)から北東へ流れ出て城内東部を時計回りに迂回するようにして南へ流れ、途中穆家桥,汴京桥,宋门桥を経由する、とある*3。河は城の南東隅にて壁外へ出て東を目指し、遠く安徽省亳州市にて淮河に合流する。
あの異様に曲がりくねった道、内环路が嘗て河だったとは。たしかに汴京桥より北は、道幅は結構広いのに舗装はいい加減で交通量も少なく、露店や市場が適当にたったりして気軽に散策するには持って来いの道ではあった。いっそソウルの清渓川のように復元して遊歩道にしたらどうだろう?
ともかく、河の存在を今に伝える貴重な地名として随分見直させられた。多少ダイヤに無理をさせてでも是非駅名に遺したい。ただ、隣りの汴京公园との混同回避のため穆家桥のほうを採用する。