南蛇井総本氣

南蛇井にとらわれた言語的表現の場

信越の旅 3:飯山線

信越の旅 2:上越よりつづく)

ホントに一睡のみの滞在だが、国道沿いにもかかわらず静かで快適に休まった。早朝のテレビ番組で、母語ロシア語と母国語ウクライナ語の狭間に悩む在邦ウクライナ人女性のドキュメントが印象に残った。

十日町

盆地の朝は肌寒い。駅までの道すがらをちょこっと散策していく。駅と逆方向の城山(松代城跡)は諦めた。昭和町通りを南に入ると、智泉禅寺。境内の枝垂桜が朝日を浴びて綺麗だ。

智泉禅寺

山門全てが一本の欅で造られたと伝わる。(智泉寺ホームページ
指定席券売機はない十日町駅の窓口で、信州ワンデーパスを購入。JR東日本管内の長野県のJR線としなの鉄道北しなの線の一部を利用できる。北しなの線を含むのは大事で、飯山線長野駅の間(長野~豊野間)に別途料金が発生しない。昨日までの2日間利用したえちごツーデーパスと1日なのに大差ない価格も、途中乗降自由と北しなの線分を加味すればまぁ納得。

JR飯山線の旅

JR飯山線は、これまで乗ってきた長野県内の各ローカル線と比べても思い入れが強かった。住んでいる愛知県から見て最も遠方へ延びていく路線だけに、未知への憧れは募りつつも行程組み立ての難しさでなかなか手が届かないでいた。今回のプランに編入されるまでに最も検討されたのは、只見線との接続で福島会津への道のりを形成するものだ。雪国と温泉のイメージが強く、途中下車はさんで一日で通り抜けるよりは戸狩野沢温泉のYHに泊まるのを理想としていた。
今回、長野から名古屋までの帰途も一日に含めると、飯山線途中下車の旅はけっこう手強かった。一番のネックは戸狩野沢温泉駅を境に越後川口方面へは本数が激減することだ。せっかく温泉イメージの飯山線なのだし、日帰り温泉を一つ拾っていきたい。進行方向で順に乗降すると難しく、ローカル線途中下車でわりと使う手法、「ちょっと後戻り」にする。うまく説明しづらいけど時間の有効活用になる。
さて8時半、十日町駅を出発。薄緑色の気動車に見覚えあると思ったら、小海線と同じだ。お母さんが運転士さんに「お願いします」と言って、幼い姉妹だけで列車に乗り、越後田中駅でおじいちゃんに迎えられて降りていった。飯山線信濃川に沿って山あいを縫うように走る。本旅は信濃川との絡みが目立ったな。「信濃川日本海の旅」でもいい。ディーゼル列車で大きな川を左右に渡りながら走るのは、なんだか高山線に似ているな。そう思うと、飛水峡みたいな岩場の峡谷もある。

飯山線車窓より望む、信濃川千曲川)と新緑の山々

新緑の山なみの奥には、まだ冠雪の峰々が見える。帰宅後に調べると、方角的には谷川岳苗場山だったようだ。また沿線でも終日日陰になるような斜面には残雪がチラホラ。
県境を越えると長野県栄村だ。東日本大震災の翌日ぐらいに強い地震が起きたところとして記憶に残る。駅名もこれより、越後○○から信濃○○に変わる。今回途中乗降する飯山市や戸狩野沢温泉は、飯山線全体でも結構長野寄りなんだな。戸狩野沢温泉が真ん中ぐらいだと思ってた。戸狩野沢温泉で乗継をして、北飯山。

北飯山


北陸新幹線と接続する飯山駅よりも、北飯山のほうが散策に適していると思った。飯山城址公園と雁木の町並みが近い。
飯山城は、緩い丘の上に築かれた平山城信濃国に勢力を伸ばしてきた武田氏に対抗するため、上杉謙信が戦略拠点として本格的に築城した。丘の裾には石垣は見られないが、本丸の部分に残る。

飯山城本丸の石垣

本丸跡には葵神社が建つ。

本丸の葵神社

本丸が川を背にしている点は小諸城みたいだな。アレ?同じ千曲川か。日本一長い信濃川を実感。

本丸庭園を彩る八重桜

400本のソメイヨシノが咲き乱れるという、「飯山城址さくらまつり」も見てみたい。

(移築)城門と、咲き誇るしだれ桜

石垣以外で唯一の古式建造物。民家に残されていたのを移築したそうな。
飯山線を西に越えると、雁木通り上越市高田のを見た後だからか、そう見栄えのする雁木ではない。老舗の仏壇屋がズラリと並んでいるのが特徴的。

飯山の雁木通り

純金の金箔トイレがあるという、お休み処信濃 展示試作館を興味津々で訪れるもあいにく休館日。また、カフェを併設している高橋まゆみ人形館は信じられない入場料に引いてしまい、雁木通り界隈はちょっとテンション下がった。
気を取り直して少し足伸ばしたのが、飯笠山神社。飯笠山は地名「飯山」の由来ともいわれ、七福神の一人恵比寿様がまつられている。

飯笠山神社

www.iikasayama.com
本旅の観光締めくくりに拝む恵比寿様。

いいやま湯滝温泉

堂々駅名にもなっている戸狩野沢温泉は、戸狩・野沢の両温泉地とも駅から離れており、日帰り入浴には適さない。とにかく列車本数の少ない飯山線沿線では駅近が必須条件。見つけたのが戸狩野沢温泉の隣、上境駅スグのいいやま湯滝温泉 | 長野県飯山市の日帰り温泉
千曲川右岸で湧出する温泉。550円の手ごろな料金で日帰り入浴を楽しめる。入浴前に食堂で特製カレーの昼ごはん。アクリル板に仕切られた窓辺のカウンター席で、千曲川対岸の新緑を眺めながらの食事は和む。

千曲川右岸の眺め

ちょっと窮屈な思いをした六日町温泉とちがい、ちょうど良い深さの湯池に身体を沈め脚を伸ばすのは最高に気持ちいい。内湯でも十分開放感あって野山が鮮やかに見える。ここの男湯露天風呂は奇妙な構造をしていて、屋外へ出ると背丈より高い木柵の回廊を大きなコの字型に回り込むようにして行かないといけない。しかもコの字の両端部は上り下りの階段だ。地図で上空から見ると、たぶん女湯露天風呂との目隠しを工夫するためだろうけど、今より寒い時期だったら凍える回廊を敬遠してしまいそうだな。ただ、内湯と外湯それぞれの側に脱衣所があり、予め選ぶことはできる。内湯と外湯を直近で往来できるのが必ずしも当たり前ではないということだ。寛ぎすぎてどっちに衣類があるか忘れたらヤバいよな。そんなこと考えながら、千曲川のせせらぎを聞きつつ露天に浸かる。回廊はともかく、湯池は川面より高いところに造られているので、食堂ほども川辺は見えない。むしろ湯に浸かると山々さえも低く感じられ、熱冷ましに縁へ上がったときしか山肌は望めないかな。それでも混みかけた食堂よりは人気も少なくて静かな温泉を楽しめた。湯上りに八ヶ岳牛乳飲み、列車ギリギリまで寛いでく。

車での利用客が圧倒的に多く、一日10本に満たない上境駅で訪れる人は滅多にいない。現在無人棒線駅だが、島式ホームの痕跡と貨物ホーム跡が残る。また駅前の県道脇には貨車が1両寂しく佇んでいる。

13時前に上境を発した列車はしかし、次の戸狩野沢温泉で30分停車する。万が一温泉で寛ぎすぎて上境を乗り損なっても、およそ3.5㎞、走ってくれば何とか間に合いそうだな(?)。身体が温泉ですっかりほぐれ休息モードに入ったため、長野までほとんど転寝に沈んでいた。新幹線乗換駅となった飯山駅が真新しく整備されてるな、くらいしか車窓の記憶がない。廃線となって久しい長野電鉄木島線の痕跡が対岸に見える可能性もあったのに、全然注視せず。まともに目覚めるころには北しなの線へ乗り入れていた。午前中に信越境界の沿線風景を堪能できたのは価値あったな。

帰途

長野駅での30分待ちはお土産購入に充てるつもりだったが、初日の小千谷で早々に確保済み。軽食を買い、もっぱら発車前の電車内で過ごす。篠ノ井線を鈍行で行くのも初めてなのに、プロ野球速報を逐一追ったりして真っすぐ帰宅モード。スイッチバック方式となる姨捨駅のみ印象に残る。ちなみに車中はほぼ満席で、寝ていけるほど楽な体勢にもなれず。松本で快速みすずに乗り換えて塩尻。みすずは特別料金不要なんだね。そして、信州ワンデーパス利用エリアはここまで。塩尻駅の16分間で、勝川までのきっぷをみどりの窓口にて求めないといけない。30分も余裕のある長野駅で買っておきたいものだが、原則乗車駅でしか普通乗車券のみは買えないのと、そもそもJR東日本JR東海の乗車区間は売れないわな。幸い窓口はすいていたが、係員がやや執拗にしなの特急券併売へ誘導してくるのには閉口した。「普通乗車券のみです」と語気強めに指示した。そんなに儲けたいか、JR東海
長野県の一番長いところを一日で突っ切ってくるのはさすがに疲れたらしく、温泉も醒めてくると座席に沈み込み見慣れた中央線車窓にすっかりダレてしまう。20時ちょうど帰着。飯山線をのんびり過ごせた分、帰途はとにかく長かった(長野を発って正味5時間)。

はじめての新潟県(南部)周遊の旅、隣接の長野も併せて遠さと広さとを痛感した。日本海信濃川、それぞれに恵まれ育まれた特色を垣間見ることができた。3日間あちこちで目にした雁木も、雪国ならではの工夫が現代に至るまで大切にされていると知った。日程上ちょっと圧縮ぎみな周遊だったので、次回は佐渡下越地方も含めてゆっくり巡る機会を作れたらと思う。

信越の旅 2:上越

信越の旅 1:中越よりつづく)
7時、宿の朝食をいただく。もともと予約サイトでココを見つけたときは2食付きで泊まるつもりだったが、いざ予約の際には同プランが満室のため朝のみを取った。新潟産コシヒカリの和朝食。アルミホイルにのった目玉焼きは初めて見た。
玄関に乾かした折り畳み傘を忘れず収納して、8時出発。終日雨に見舞われた昨日よりはずっと回復するも、朝は肌寒く日中もしばらく俄雨など不安定な天気。

信越線&トキ鉄

昨日快速で駆け抜けてきた信越本線普通列車で柏崎まで戻り、待望の日本海沿岸を伝って親不知を目指す。前川駅を出て間もなくの信濃川は、列車が心もとなく感じるほどの川幅に圧倒される。越後岩塚駅から山上に見える真っ赤な社殿は、寶徳山稲荷大社らしい。今日は祝日に挟まれた月曜だけに、通学する高校生が車内を占めている。途中の北条駅は「きたじょう」と読む。そいえば戦国史ゲームやってると、武蔵国の北条(ほうじょう)家でない北条家が上杉氏に臣従している(紛らわしいw)。この辺りが地盤なのかと知る。
きのう越後線からは全く望めなかった日本海、柏崎を発すると間もなく目に飛び込んでくる。しかも晴れ間に群青が鮮やかだ。とくに海岸線とホームが重なったように見える青海川駅は絶景で、窓ガラス越しながら撮ってしまう。

青海川駅日本海

海岸ギリギリをゆく車窓は昨夏の紀勢線にも重なる。紀伊半島ほど入り組んではいないが、日本地図でイメージするほど滑らかな海岸線でもないんだな(とくに柏崎寄り)。そのうち、浜風に煽られず安定した速度を保つためか、防風柵が視界を遮るようになり些か残念。柿崎からは海岸線をも離脱。
宮内より直通列車1時間半で直江津。ここからは北陸新幹線開業と同時にJR北陸本線第三セクターへ転換した、えちごトキめき鉄道(トキ鉄)日本海ひすいラインへ乗り継ぐ。信越線を降り立ったホームに停車する妙高はねうまラインと異なり、ちょっと駅外れの1番線まで移動距離があるうえ1両編成の気動車で席争奪の憂き目に。平日なのが幸いして、山側の1列シートを獲得。信越線と同じ海岸沿いをゆくも、長いトンネルが連続するように。ついにはトンネルの途中にある駅も(筒石駅)。列車が接近すると風圧が強いため、乗降時以外は狭いホーム上にいてはならず待合室との間に頑丈な扉がある。紀勢線のように小さな集落を点々と結ぶような路線に、並行在来線を三セク化された訳が分かる。昨夏の「信濃路の旅」で当初計画に上った大糸線との交点、糸魚川まで来ると親不知はもうじき。いったん親不知駅を通り過ぎて、つぎの市振へ。この変哲もない無人駅が、えちごトキめき鉄道とあいの風とやま鉄道の境界駅であり、えちごツーデーパスのエリア西端なのだ。短時間で折り返せる(直江津行きがスグ来る)と知り、足を延ばした。

振り返れば、親不知

ふたたび長いトンネルを抜け、あらためて親不知に降り立つ。

親不知に到着

日本海を撮り入れたくも、北陸自動車道国道8号線の海岸高架橋が邪魔をする。この光景、富山の新湊大橋に似ているな。

親不知

古くから交通の難所として知られる、親不知・子不知越中国越後国を往来するには必ず通るが、海岸線に沿った急峻な断崖の下に狭い砂浜しかなく命懸けの道だ。伴って歩く親は子を、子は親を顧みる余裕もなく、我が身を守ることしかできない。そんな意味だったと思う。実際には旅人たちは、打ち寄せる波にさらされながら崖を伝ったり、波間を見計らって砂浜を走り抜けたりしたようだ。近代になって山側を国道や北陸本線が通るようになり、断崖絶壁も難所から景勝地へと移り変わっていった。
高架橋の喧しさと裏腹に、親不知駅前の国道8号線旧道は閑静だ。ちょうど駅を境に糸魚川方面が子不知、市振方面が親不知となる。国道に合流すると、道の駅親不知ピアパーク*1。親不知散策の前に腹ごしらえしてく。レストピアの店頭に掲げられた「ひすいラーメン」に魅かれるも、たまたま店の事情で販売中止中だったのでたら汁定食に切り替える。

たら汁定食

サンプルより質素に思えたけど、逆にたら汁をじっくり味わえてよかった。直球「海の味」。また、滅多に食べられないワラビの小鉢も嬉しい。
さあ、いよいよ天嶮をめざすぞ。基本的に国道8号線を辿っていけば、断崖を望める展望台や散策路に着けると考えていた。100メートルくらい旧道をなぞったのち、国道の海側についた歩道を悠然と進む。私のほかに家族連れが一組、同じように国道を辿り始めた。

めざせ、天嶮

ところが、
親不知IC出入口を過ぎたとたん、歩道がぷっつり途絶えた。大型トラックや行楽の車が激しく往来する国道へ残酷に投げ出されることに。既に歩道のない山側を家族連れも歩いているので、私も果敢に海側のまま白線より外側を猛進してやる。ふいに山側を走る(富山方面へ向かう)大型トラックが徐行しながら、「そっち側歩いとったら轢かれるて!」と怒声を浴びせてきた。いや、歩行者は右側通行で間違ってないし、カーブでインコースになるときは向かってくる車に注意して進むから大丈夫だろ、とサイドミラー越しに睨み返してやる。いつしか家族連れも消えており、あのドライバーにどやされて引き返したのかも。あるいはどこかで安全なハイキングコースの入口を見つけたのか? 私もやや不安を覚え始めたころ、海岸へ下りるだけの脇道を見つけた。とりあえずキープしておいて国道をさらに行くと、ついに!ロックシェッド型トンネルが現れ、さすがに端を歩けないと断念。北陸道北陸本線(現ひすいライン)が一堂に交差するトンネル付近で側道ないか右往左往。傍らに、

廃トンネル

反対側の光が小さく見える。通り抜けたいが暗闇とロープが阻む。因みにこれは、旧北陸本線大崩隧道だそうで、今立っているのは信号場跡だそうな。
さきの海岸に下りる未舗装道路から、天嶮方面を望む。

彼方に望む親不知

足場の悪い微かな踏み跡を試行錯誤して浜に下りたち、まさに古人のごとく崖下の細い浜辺を進んでみる。砂浜というよりは、白い丸石などがゴロゴロし革靴には過酷な浜だ。消波ブロックを隔てて日本海に接し、我ながらなんたる冒険をやってんだ、と。しかし格別な想いをもってやっとこさ訪れただけに、理想の親不知を眼のあたりにするまでは決して諦めるわけにゆかない。山肌から破水して海へ注ぐ小川を越えたりして懸命に突き進むも、とうとう消波ブロックだけの岸になり完全に望みは絶たれた。

天嶮めざした、努力の道のり

振り返ると、これっぽっちかよ。ちなみにこのまま進めたとしても時間的に親不知駅には戻れず、市振へ抜けることになったろうな。結論として、親不知駅に降り立った人が親不知コミュニティロードを散策するにはタクシーで向かうしかない。自動車時代になった結果、古の難所をそのまま辿ることさえ叶わないとわかった。ちょっと残念で虚しかったな。
ひすいラインに間に合うギリギリまで浜を粘ったため、やや急ぎ足で戻る羽目に。しかもピアパークまで続いてると読んで暫し浜辺を行ったが行き詰まり、これを放棄するロスも生じアプリの所要時間と分刻みで競争の波乱付き。駅目前でパラッと俄雨に見舞われた。
帰りのひすいラインではロードバイクを携行する一団と乗り合わせた。直江津~市振間ではサイクルトレインを実施しており、9時から15時までの対象列車に限り自転車を持ち込める。車内はやや混み気味だが割とスマートに保っていた。

高田

直江津での乗継はおよそ1時間ある。上越市街散策か駅裏のD51レールパーク(有料)も検討したけど、妙高はねうまラインの接続が良かったので近距離の駅近で面白いところないかと探した。もともと高速バスの木田停留所が春日山駅に近かったことから、春日山城は遠そうだなとチェックしている。そこで見つけたのが、高田。直江津とともに上越市を構成する二大市街地で、駅と高田城址公園の間に城下町が残っているよう。直江津から2駅で接続良いとはいえ、滞在時間は僅かに30分余。城址行く余裕ない(そもそも月曜休)のは惜しいけれども、城下町をぷらりとする。

高田駅

ロータリーから真東へアーケード街が伸びている。この町の目当ては、宮内でもちょこっと見かけた雁木(がんぎ)。積雪下でも通行機能を確保する町家の庇造りのこと。城下町建設時に整備されたという上越市高田の雁木通りは、日本でも有数の長さを誇るらしい。

大町通り

断片的だった宮内と違い、これなら昨日の雨露も凌げたかも。生活空間に溶け込んだ風景。雪のある時に訪れると有難みが一層実感できるだろうな。

染物屋(中嶋染工場と、旧今井染物屋)

今井染物屋の雁木は「造り込み式」と呼ばれ、通路部分の上に物置や居住スペースがあるもの。比較的古い形の雁木とされる。

町家交流会館 高田小町

こちらは「落し式」と呼ばれ、平屋の雁木を母屋に付けたもので明治以降に造られた。雁木の町並みをちょっと覗いてくには適当な時間だったけど、町家見学や面白そうな世界館を置き去りにするのは勿体なかったな。

北越急行ほくほく線越後湯沢行き

明日、えちごツーデーパスと信州ワンデーパスを繋ぐために、ふたたび中越地方へ。といっても柏崎や長岡方面へは戻らず、山間部を一文字に横断して魚沼地方へ。
ほくほく線の、ひすいラインと似て長いトンネルだらけの直線的な高速運転は、心地よい転寝を誘う。どこか地元の愛環に走りが似ていると思った。今宵の宿泊地、十日町をいったん通り過ぎて六日町へ。こちらにもトンネル駅(美佐島駅)がある。魚沼丘陵を抜けると眼前にうっすら冠雪の山脈があらわれる。後々六日町の市街でも見えていたけど、撮る前に日が暮れちゃったな。

六日町

ほくほく線完乗以外の目的は、温泉。泊まる十日町にも温浴施設はあるのだけど、こちらのがより泉質は高いとみた。駅近くの湯らりあ 六日町温泉公衆浴場は、源泉かけ流しを楽しめる小さな銭湯。近年リニューアルしたばかりらしい。浴場も脱衣所もすこぶる狭いのに、地元民と立ち寄り客とが入り乱れて密を避けられない。珍しく購入したボディソープで身体を洗おうとすると、蛇口の湯が止まらないのに気づく。湯量が豊富なんだな、と使用後も出しっぱなしに。熱さは一般の銭湯と変わらないが、たしかに温泉の臭いがする。あぁ気持ちいい。
昼に食べそびれたせいか、夕飯はラーメンに固執していた。ほくほく線車中から六日町市内のラーメン店検索に没頭するも、決め切れないまま到着。居酒屋が目立つ駅前商店街を横目に、湯らりあを遠回りまでしたものの入浴前に見定めなし。風呂あがって改めて地図アプリを見ると、あさひ食堂という中華屋さんっぽい大衆食堂が目に留まる。全然ここでラーメンいけるやん。温泉浸かって血行よくなると見え方も変わるんだな。爽快感の中で素朴な醤油ラーメン美味しかった。
わりと意気揚々だっただけに、明朝食を買い求めた駅前SCのデリカコーナーがあまりにすっからかんで拍子抜けした。この時間ならまだ値引きセールの最中だろうに。やむなく市販の惣菜パンを充てる。

魚沼くるりんぱ

ほくほく線でまっすぐ十日町に引き返さず、上越線を長岡方面へ向かい越後川口飯山線に乗り換えて十日町。ちょうど平仮名の「むすび」みたいな形になる。本旅において越後川口は大事なキーポイントだし、明日朝一の十日町越後川口往復を省ける。そのかわり、昨日の小千谷越後川口は隣同士なので、上越線はこの1駅分乗りこぼした奇妙な格好になる。まぁ今度只見線乗るときに調整して埋めよう。
六日町駅ホーム上は高校生でいっぱい、車内は下校ラッシュで通勤電車のよう。外はすっかり真っ暗で米どころ魚沼を垣間見ることはできない。六日町発の時点で遅れていたらしく、4分あるはずの越後川口で地下通路へ下りて余裕こいてたら危うく飯山線逃しそうになった。

越後川口

中越上越を行き来する12時間の旅を終えて、十日町に到着。駅通りの緩やかな坂をのぼると、ホテルニュー十日町。既に風呂も飯も済み、速やかに眠るだけ。

信越の旅 3:飯山線へつづく)

*1:県外ナンバーの車が続々と訪れている

信越の旅 1:中越

はじめに(天橋立vs親不知)

コロナ禍に遠慮して中部と近畿をちまちまするのも飽き、少し大胆にやろうと思う。
jaike.hatenablog.jp
jaike.hatenablog.jp
日本海側のちょっと遠方を検討し、丹後と新潟が浮上。京都丹後鉄道2日間フリーパスを軸に組んだ丹後(天橋立)はしかし、青春18きっぷシーズンでない時期のJR運賃*1に二の足を踏む。
jaike.hatenablog.jp
jaike.hatenablog.jp
新潟採用の決め手は以下の3点。

  1. えちごツーデーパス(2740円)と信州ワンデーパス(2680円)が越後川口で繋げるじゃん!
  2. 信州ワンデーパスで塩尻まで来れば、勝川まで普通乗車券2640円*2で帰れるじゃん!
  3. 行程を三日間で収めれば一日当たり約2600円で、18きっぷ1日分の2410円とまぁ大差ないじゃん!

新潟へのアクセスルート(当初は往路または復路の両面から検討)は、空路と高速バスの2つを徹底研究。その結果、FDAのバースデイ割に匹敵する安さで夜行バスアミー号に決した。高速バスといえば名鉄バスであり、今回検討するまで存在すら知らなかった会社だが信頼性はどうだろう。夜行を選んだのはえちごツーデーパスをめいっぱい活用するため。名鉄バスだと新潟市へ近づくにつれ停留所が高速道路上となり、JR乗継に不便。唯一駅に最寄りの高田(えちごトキめき鉄道春日山駅)だけは惜しく、復路なら利用したかった。
初めて企画する新潟の見どころは、一昨年の「信濃路の旅」で逃した親不知以外サッパリ分からないので、フリーきっぷで立ち寄れそうなところを中心にピックアップ。メインは新潟だが3日目は飯山線をはじめ長野県を突っ切ってくるので、シリーズ名は二国とする。2018年四国一周以来のGW遠方新天地企画、新潟とはどんなとこだろう。
レイルラボでみる今回の旅程(往路夜行バスを除く)

アミー号新潟行き

4月30日22時、名駅西口へ。発車20分前集合ということで余裕みて行った。JRハイウェイバス待合所に接するゆりの噴水には夥しい格安夜行バス利用者が待機しており、とくにベトナム人の姿が目立つ。協会スタッフがバス会社や発車時刻を記したボードを掲示して、およそ15分毎の発車時刻順に乗車地へ案内している。目の前のロータリーはJRバス専用で、格安バスはリニア新幹線工事を回り込んだ先の駅北端で乗車する。集合場所にバスの姿が見えないことで戸惑う人も多い。また同じバス会社の名駅発でも乗車場所が異なり、2019年利用した大阪行きWILLERはビックカメラ前だった。この辺もスタッフに確かめないと危うい。しかしまぁ、ここに集結する格安夜行バス会社の数とベトナム人の多さには正直驚いたな。林立するビルのせいか強めな風が肌寒く、22:45にしか乗車案内されなさそうなので専ら地下で時間つぶし。
手元に用意した予約受付メールなどは乗降口で一切確認されず、氏名のみで済む。ところがバスに掲示された座席指定リストではカタカナの氏名が間違っており、席移動かに思われたが誤植訂正で済んだ。そいえば予約者名は漢字入力なかったな。バスは前半分が3列独立シート、後半が4列ダブルシート。予約時に座席希望しなかった私は後者の最前列になってた。終点新潟ではなく長岡降車なので通路側は正解。凍えるほど冷房効いてた先述WILLERと違い、終始快適な空調だった。23時過ぎ、ほぼ定刻出発。SAでの休憩は1.5時間ごとにとるという。もともと夜行バスでは眠れない質なので暗闇に目を閉じるだけでも休まる。通路はさんだ隣席が、消灯後もバックライト落としつつゲームし続けてたのは気障。0時過ぎ、恵那峡SA。長いトンネルなら恵那山トンネルだと感づくからもう過ぎたと思ってたので、些か驚き。2時過ぎ、梓川SA(松本)。これも恵那峡出てから長かったのでさすがに長野市ぐらいかなと思ったので、まだ松本かよッと愕然とした。初めて夜行バス利用した徳島行きが到着予定時刻を大幅に早まったので、今回も30分ぐらい縮めると見込んできたのだが甘かったと気づく。この梓川からが一番しんどく、年齢的に夜行は終いにすべきかもと思った。渋滞こそ全くなかったが、おそらく妙高を越えると思われる区間は明らかに低速に感じた。新潟の平野部に出ると再び加速した。そして4時半、最後の休憩地米山SA(柏崎)。アプリ計測で長岡駅まで車38分と算出、ほぼ定刻(05:15)着だと確信まぁ安堵した。カーテンの隙間から白み始めた空を見ながら北陸道をひた走り、5時ちょうど長岡ICをおりる。降車地はアオーレ長岡前とかあったので駅との距離に不安を覚えるも、なんだ真ん前じゃないか。

JR長岡駅

古い商店街らしき駅前通り(大手通)と駅ビルの間に歩道橋を張り巡らした、ちょっと異様な駅だと思う。まず、えちごツーデーパスを指定席券売機にて購入。JR東日本では、みどりの窓口の代わりに指定席券売機でもおトクなきっぷを買える。初めて利用する端末機もスムーズに扱えた。温いコーヒーと軽い朝食を買い、予定通りの始発列車に乗り込む。ちなみに今日の天気は雨。朝の長岡こそ曇天に迎えられたが、弥彦までももたなかった。また終日肌寒く、長袖の肌着着てって正解だった。

弥彦

早朝を有効に使うならお宮参り、ということで真っ先に目をつけたのが彌彦神社越後国一宮といわれる。弥彦山に登って日本海を望む余裕はなさそうだが、参道散策は楽しめそう。ところが弥彦線がくせもので本数と接続が芳しくなく、弥彦滞在時間と後の予定を組み立てるにはどうしても長岡5:36発の電車に乗らないとうまくいかない。それで夜行バス長岡定刻着にヤキモキしてたわけだ。
まずは信越本線北へ。初めて見る新潟の車窓。さすが米どころ、田んぼ一枚一枚がデカい。愛知の水田とは比べ物にならない。弥彦線に乗り換え東三条駅を出たとたん、右手に火災現場があらわれギョッとした。また沿線で目につくのは空き家や荒れ地。スラムでもないのに線路沿いがこんなに荒廃してるのはあまり見たことない。JR線では珍しく軒先迫るような区間もある。燕や三条は新潟の地名として聞き覚えあるが、こういうところかと。いつしか窓ガラスに細かい水滴がつき始める。越後線との交差駅吉田でほとんど降りていく。まもなく赤い大鳥居が右手にみえ、ここから参道なんだなと。

神社を模したJR弥彦駅

線路の途切れた弥彦駅。朱塗りが派手な構えの駅舎。小雨よりは弱雨な感じで、参道まではジャケットフードで凌ぐも境内からは傘をさす。「弥彦温泉マップ」を片手に参宮通り(小路)を近道で神社へ。

彌彦神社一の鳥居

背の高い木々に覆われ、湿った空気に包まれる境内。

彌彦神社拝殿

弥彦山を背後に抱く拝殿。早朝の雨天とあって、参拝者も疎らなおかげでゆっくりお参りできる。御神木とか境内をくまなく散策するもやはり時間余る。

かつての手水場

温泉街の神社通りには旅館や飲食店が建ち並び、温泉まんじゅうの店もある。通りを少し外れると巨木を祀った祠が点在。

蛸欅(たこけやき)と、上諏訪神社

外苑坂通りから弥彦公園を抜けて駅へ戻る。温泉源泉所を過ぎると桜並木の先にふいに堅固なトンネルが姿をあらわす。

弥彦公園トンネル

レンガのアーチが見事なトンネル。国の登録有形文化財に指定され、大正7年頃の建造だそう。てっきり坂道の緩やかさと弥彦線から自然に続くような導線をみて軽便鉄道廃線跡かと考え調べるも、初めから人道トンネルのようだ。年季が入って一層風流。

弥彦線末端(背後は弥彦公園

次の予定は小千谷だが、このまま三条へ戻るにも接続が悪く、最もスムースな乗継で乗り鉄するのに越後線を選ぶ。生憎の天候とはいえ、早く日本海を見たい。が、柏崎行き普通電車に乗り換えても一向に海は見えない。両側を山に挟まれた狭隘な農村地帯を伝っていく。寺泊や出雲崎なんて沿岸部のイメージなのに。原発でおなじみの刈羽も、駅は内陸にあるらしい。ちょっとアレレ?な気分で柏崎。長岡方面への信越線は快速電車。柏崎を出ると来迎寺(らいこうじ)と宮内しか停まらない。鈍行は明日乗るとして、やはり谷状の狭い田園が特徴の車窓をぼんやり眺めていく。上越線は宮内で乗り換えれば良いが、乗継短縮と乗りつぶしの両面から長岡駅まで戻る。

小千谷

親不知以外で一番最初に思いついた、新潟イメージの筆頭格。昔小学校の社会科で新潟県について学ぶ機会があり、小千谷縮(ちぢみ)が強く印象に残る。昼前後一時的にやむ予報ではあったが、街歩きは厳しそうだから資料館とかあると良いなぁ。
小千谷に着いたらまず食べたいもの、それはへぎそば信越地方のコシの強いそばを「へぎ」と呼ばれる箱(もとは杉板)に一口サイズに小分けされて提供される冷蕎麦。11時、ほぼ開店と同時に駅前の小千谷そば 和田へ。へぎそば一人前は即決だが、組み合わせる単品メニューが乏しい。暫し悩んでえび天を付ける。へぎそば膳にサラダがついてたのは幸い。

小千谷へぎそば

ホントうどんかと思うほど歯応えあって、普段のざるそばのように軽く啜れない。小分け分くらいは啜りたくもなるが、つゆ鉢で2回に分けるのが妥当。よくよく噛んでコシと蕎麦の香を味わうべし。一本きりのえび天は揚げたてで美味しい。厨房にはアルバイトか家族か若いスタッフがわさわさ居てちょっと不慣れな感じ。ごちそうさまです。
やむどころかフードで凌げない雨量に辟易したが、有難いことに小千谷駅前からの商店街はアーケード歩道がつづいている。信濃川橋上を除いてまったく切れ目なく続いていてホント助かった。日本最長の信濃川、初日は濁流で拝むことになる。(雨で増水気味とはいえ)まだ中流なのに結構川幅あるのと、そんな大川が市中のど真ん中を突っ切る小千谷の町が驚き。信濃川左岸(小千谷中心部)はやや高台になっていて、橋を渡るとぐっと登る。
雨が弱まらないので、小千谷市総合産業会館サンプラザでまったり過ごすことに。小千谷縮に関する簡単な資料展示と体験工房、小千谷の物産店とレストランを設けている。織之座では、織物を雪に晒す光景しか知らなかった小千谷縮について、通気性が良く美しい柄の布地ができる工程を初めて詳しく学んだ。苧麻からの糸づくり、糸染め、湯もみなど本当に込んだ作業を経て織られるのだ。資料室ほどなのに密の濃い勉強になった。天候の都合により、今回は初日ながらお土産購入を先行。さきほど食べたばかりのへぎそばを実家向けに買う。そして匠之座にて多様な小千谷縮越後上布の製品を眺めるうちに、何か一つ欲しくなった。伝統工芸の保存を応援するつもりで、かすり柄の綺麗なコースターを1枚求める。
最後に、併設する錦鯉の里を見学。江戸時代、小千谷で食用に飼われていた鯉に突然変異で色のついた鯉が現れたのを徐々に改良していったのだという。紅を基調としたものから、黒や金色に輝くものまで多様な種類の錦鯉を鑑賞することができる。

巨大な鑑賞池の錦鯉群と、平和を祈念してウクライナ国旗に変色された錦鯉

雨でなければ日本庭園の錦鯉も愛でたかったな。ちなみに小千谷駅前にも錦鯉が泳いでいる。

錦鯉を模した地下通路口(小千谷駅前)

宮内(長岡)

15時過ぎ、宮内駅にて本日のJR行程は終了。この駅前が今夜の宿、竹花屋旅館だ。チェックイン前にもう一つ見に行きたいところがある。雨天によほど荷物だけでも預けていこうかと思ったが、徒歩10分そこらの距離と知り背負ったまま行く。江戸時代に三国街道が通り、幕府の天領となって発展した醸造・発酵産業のまち、摂田屋(地区)。雁木がぽつぽつ残る県道をゆくと、酒麹の香りが辺りに漂い始める。吉乃川 酒ミュージアム醸蔵だ。利き酒もできるというミュージアムは酒造工程を展示しながら、バーも併設している。よほど試飲したい欲望に駆られるも、他の蔵も見たいので見学のみに収める。立ち込める麹の香に酔いしれながら界隈を見物。

旧機那サフラン酒の鏝絵と、吉乃川の古い蔵

県道この先にある味噌屋さんは見落とした。少し戻って吉乃川を裏手へ回ると、越のむらさきという醤油屋。創業180年の歴史を持つ。

越のむらさき

レンガ造りの煙突は2004年の中越地震で損壊するも修復されたという。東日本大震災もあって忘れ去られつつあるけど、地震の爪痕は確実に残っている。また、諸説あるもののちょうど醤油工場の中を旧三国街道が通っているらしい。

醸造工場の中をゆく三国街道

かくして降雨に何とか耐えながら楽しんできたけど、ずぶ濡れ限界。予定を切り上げて宿入りする。衣類等を乾かしながら、夕飯時まで暖かい部屋でくつろぐ。窓からはちょうどJR線を望めるのだけど、翌朝との2回ほど濃紺のディーゼル列車が走行するのを見かけた。今日乗ってきた信越線と上越線はともに電化されていたので訝しく、帰宅後に調べると越乃shu*kuraという新潟県内で運行するイベント列車だそうな。飯山線区間を含むため気動車なのらしい。興味あり。
www.jreast.co.jp
19時ごろ、最寄りのスーパーへ夕飯を買いに出る。女将さんからは地元で有名だという向かいのラーメン店(青島食堂)を勧められたが、朝パン・昼蕎麦だったのでご飯が食べたい。上越新幹線の線路沿いにスーパーやファストフード店が集まっている。新潟のスーパーチェーン原信(はらしん)で弁当、そして先ほど麹の香に魅了された地酒吉乃川を買う。じっくり味わってみたかったんだ。宿へ戻るころにはすっかり雨あがり。

地酒吉乃川と、新潟特製ソースかつ丼

辛口なのにめちゃくちゃ飲みやすい吉乃川。スーッと喉に染み渡るような味わいに感激。これも土産にしたいくらい旨かった。食事を楽しむ程度のほろ酔いで済み、温かい風呂に浸かって就寝。雨と寝不足のわりには、グルメに観光に充実した一日だったな。

信越の旅 2:上越へつづく)

*1:乗継箇所を精査して削りはした

*2:青空フリーパスを使うと塩尻木曽平沢が不便

知床遊覧船の船体見つかる

良かったな、ロシア軍に撃沈回収されてなくて。
天災とか人災とかいう以前に、こういう緊迫を招く海域で事故するのがまず色々と危機感ない証拠。人命救助や捜索にあたってロシアと調整が必要などとウクライナ侵攻に対する譲歩を招くような動きを見せたり、G20で退席せずロシアを強く非難したり、ウクライナ避難民支援だったり、きっと米ロ両陣営とも「日本っつうのはマジで国際行動に一貫性のねえ国だな」と思ってるよ。だいたい侵攻が始まったとき、ロシア艦船に津軽海峡を通してた時点で手ぬるいと思ってた。もう完全に、北海道は次のマリウポリですよって言わせてるようなもんじゃん。ロシアは極東に手薄なんていつまで思い込んでんだ?
まぁロシア以前に、海洋国家たる日本が海に対して全然緊迫感ない時点でボケ過ぎてるけどな。自然と国境の両面でもっと神経研ぎ澄ましたほうが良い。

南部地区で豪雨か

昨年は郑州で地下鉄が浸水するなどの被害が伝えられたが、今度は南阳で大水害が起きているようだ。たまたまYahoo!ニュースの画像に南阳の文字が目に留まった。検索するとすぐ、もとの動画を見つけた。xw.qq.com

记者从河南省气象台了解到,4月24日到25日,河南省黄河以南有一次明显降水过程,其中,河南南阳、驻马店、平顶山、漯河、周口、信阳部分地区有大到暴雨,局部大暴雨,部分地区伴有短时强降水、8到10级雷暴大风和局地冰雹等强对流天气。目前,河南已启动暴雨和防汛Ⅳ级应急响应。24日晚,河南省自然资源厅和河南省气象局已联合向南阳市等区域发布地质灾害黄色预警。

(央视新闻より)

今月24日夜から25日にかけて、南阳を中心とする河南省南部の広い範囲で豪雨が発生した模様。淮河流域のダム湖が多い土地でもあるので、都市の内水氾濫とともに、ダム湖の水位調整による増水や氾濫も懸念される。郑州や开封ではあまりピンとこないけど、南阳や信阳は市街地のど真ん中を大きな川が流れており、急な増水や氾濫被害を考えると身震いする。そして、どうしてもこれを思い出さずにはいられない。

jaike.hatenablog.jp

過ちは繰り返さぬようにな。